いささか高校時代の回顧に時間を割きすぎました。その割には上手に表現できない点がもどかしいのですが、それは追々思い出したときに書くことにしましょう。ただ実感として、高校時代の3年間というものは私という人間形成の土台として良くも悪くもその後の10年間を裏付けるものとなっていきました。簡単に言ってしまえば、自身の人間としての成長を意図して抑えてしまった前5年と、そこからどうにか変化したいと願いつつも脱却できずに投げ出しがちな後5年といった、回顧しても何の面白みも無い(笑)10年を決定付けた3年間でした。 ただ私の救いは、その後ろ向きな自分が環境によって形成されたと言い訳しなかったところだろう。私はいつでも考えることには真剣で、その攻撃の対象は常に自分自身だった。
そんな私の少ない例外というのが「いっちゃんの退部」で図らずも得た感覚だったのだろう。あの秋の日から卒業までの時間、自分自身をあれほどの歓喜にいざなった彼女の不在を落胆する、その処理に要する時間がそれでは足りなかったようだ。表現として彼女に対する不快を示すのを潔しとはしなかったが、彼女の存在を打ち消しても作られた淡い思い出は私の中で無くならないのだ。かえってそれは大きく美化されていって、私の中で彼女の存在を否定する材料になっていった。それが自分の中で矛盾を呼び、さらに混乱するという悪循環。
もともと人間関係を難しく考えがちな(笑)似た者同士の集団である我々は、すぐに頭を切り替えてアクティブに立ち回れるような人間ではなく、皆そこで一様に立ち止まった。個人差はあったが、最も動き出すのが遅かったのが私だったかそれとも周さんだったか、ラザだったか...。結果的に最後まであの時の環境に固執したのが私だったというのは紛れない事実だ。
いっちゃんとの蜜月は、私の感覚を日々強くしていくものであった。「この子となら分かり合っていけるんじゃないか?」「理解しあえるのではないだろうか?」 これを恋愛と呼ぶならまさに私は彼女に恋をしていた。抑制しがちな自分の内面を実は思い切り吐露したいだけなのだ。性別に関わりなく、そういった人間が欲しかったのだ。
ただ幼かった私は、そこに肉体が不在で、気持ちだけが先行していくといったもの。心を許すということはそれが宿る肉体も全て許すということであって、私にはその感覚が欠けていた。まあだからこそいっちゃんは私のことが「好き」だったわけだが...。それが分かったのは10年後だったのですがね。遅せ〜よって感じ(笑)。
まあ、あの時に思い余って告白するようなバカ者でなくて良かったのかもしれません。10年後にあらためて彼女に自分の気持ちを伝えた時に心からそう思いました(笑)。自分というものをいくら否定してみても、自分はそれ以上でも以下でもなかった。高校卒業から20代の時間は後悔することだらけなのですが、それもまた振り返ると愉快なものだ。
こうやって過去を回顧して楽しめるようになったのは、全て現在の私の『彼女さん』に出会ったからだ。結局私は自分の納得のいく相手を捜し当てるまでに10年以上の歳月を要してしまった。これからはそこに至るまでの時間を書いていく訳だが、先は長い(笑)。
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