修学旅行が終わって間もなくの、晴れた中秋の日だった。
早々に昼食を済ませて、いつものように1階の部室へと歩を進めた。誰かしらいるであろう部室の中は思ったより人が多かった。すぐに私がその違和感に気付いたのは、いっちゃんが、本来彼女がいるべき場の中心ではなくひとつしかない出入り口のすぐ近くに立ったままだったことだ。扉を開けてすぐに彼女と目が合ったその不自然のおかげで、私はあの時の彼女の表情をしばらく忘れることが出来なくなったのだ。そう、この先10年後の再会まで。
それでも私はあの雰囲気が気のせいだと思い、いつものように開いている席、この時は出入り口から最も遠くいっちゃんを正面に見ることが出来る場所に座った。直後に口火を切ったのが1年生の住吉だった。
「いち先輩が部活やめるって...」 私が登場するまでにすでに数々のやり取りがあったと思われる部室内は、その言葉の余韻だけを残してまた沈鬱になった。私は何ら意味の無い言葉のように聞こえたその台詞を頭の中でもう一度繰り返してみて、ようやく出てきた言葉が「は?」...っと、それだけ。いっちゃんはすでにもう誰とも目を合わせようとはせず、それが返って彼女の意思が強固であることを物語っていた。
その後は、いっちゃんのボソボソと窮した言葉と部員たちの妥協点の無い不毛な論議に、私は全く口を挟まずにいた。結果的に私はその後も彼女を追及しなかったのだ。それが私の私たる所以であり、納得のいく理由も語らずに辞めていった彼女であったが、それこそが彼女たる所以なのだ。
私はその場に居合わせている自分がなんだかバカ者のような気がして、この場にいるのがそれこそバカらしく思った。おもむろに立ち上がり、いっちゃんの横をすり抜けて部室を後にした。その時だけ彼女は私の表情を覗いたのだが、目の端に映ったそれを前に、とてもじゃないが私は目を合わせるような心境にはならなかった。 この話は瞬く間に広まった。先輩諸氏の強い慰留に一抹の期待感を持っていた私は、その裏に自分の無力を照らし合わせてみた。どうして自分でそうしないのか? といった自問はすぐに打ち消される。
そう、私はいっちゃんという人間の何を知っているというのか? 私は彼女を追及する材料すら持っていない自分に気付いただけだった。
その後我々はこの真偽について深く論議することはなかった。(いや、私が参加していなかっただけだろうが) 各々が勝手に解釈して納得するしかなかったのだ。
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