バスケットのチーム名は『フニッカーズ』だった。その練習に参加した当初は周さんをはじめとしていっちゃんや舞ちゃんも毎回のように足を運んで練習を見学していた。もともとそんなに運動が得意でもないし体力があるような体つきでもなかったが、私自身はとても楽しんでバスケットをしていた。中学の頃、「自分は実はヘタクソ」ということを悟って以来(笑)バスケットの一番の楽しみであるシュートをすることが出来なくなっていた。まあ背が小さいということもあったのだろうが、当時の私は持ち前の非力さも重なって、部活に対する拒否感が増していく一方だった。
時は過ぎ3年後、背もすっかり伸びた。目線から見える景色も人間模様も変わった。
チームのメンバーは色々な世代の人間が交じっていた。チームをまとめるのは40代くらいの人がキャプテンで、銀さんは何かとそれをサポートしているようだった。我々のように高校生もいれば社会人の背の小さな女性や実業団の選手をやっている長身の女性もいた。
「今日は調子いいじゃない?」とキャプテンに言われるほど、私は中学の頃に溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように楽しんでいた。
とある練習の合間、休憩で水道に水分補給をしに行った帰りだったと思う。体育館の出入り口で談笑する汗まみれのラザと周さんたち。仲間たちが私が帰ってきたのをみつけると皆満面の笑みで私に聞いたのだった。
「修学旅行に別働で着いて行くって案があるんだけどどう思う?」
その時はこれといって深くも考えず、実際想像しても楽しそうだったその発案に即答で賛成の意が口から出てきた。
我が校は2年次の秋に修学旅行があり、その時はいっちゃんと舞ちゃんの修学旅行に我々が密かに着いて行くというものだった。京都での自由行動の時間を利用する訳である。
ふと我に返って冷静に考えた。あれから1年前、修学旅行の頃の私はどんなだっただろう? いったい私の中で何が変化したら今のようになったのだろう? いや、実際は周囲が盛り上がっているだけで私そのものの本質は変化していないんじゃないか?? ...
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