嶋さんは何を思ったか私の前の狭い通路を横切って隣に座らずに別の席へと腰を下ろしてしまった。それははた目にも彼女がかなりの度合いで恥ずかしがっている様子であった。チケットを見て席まで案内してくれた係の女性スタッフも困り果てていた様子(笑)。
私は今でも人様と目を合わせるのが嫌いで、合ってもすぐに逸らすのは私のほうだ。関心の向かないものにはほとんど目を向けない、というのが社会で生きていくうえでかなりのマイナス要素だということは理解している。逆に関心が大アリでも目を向けない(笑)。この日の場合は正に後者で、自分の視界に入って彼女だと気が付いた時点で私は目を合わせるべきだったのだ。
極度の緊張で鼓動が速くなる経験は何度もあったはずだった。嶋さんの持って来たそれは少し違っていた。単純に私は嬉しかったのだ、生身の嶋さんが存在するその事実が。
それからしばらく劇はそっちのけで葛藤の時間。彼女が現れてから自分の抱いた正直な感覚を否定したい胸ポケットの手紙。声すら素直に出てこない自分。
「いろいろ考えるのは君のよいところだと思うよ」
「それが欠点でもあるよね」
嶋さんの肉声が、すぐそこにあるのに。
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