私が選んだわけではないのだが、自宅から最も近い公演場所が横浜アリーナだったので、嶋さんには現地に直接来てもらうよう手紙を書いた。というか同じ街に住んでてその目はないだろう! とか思うんですけど、なにせ目的が「嶋さんとどう縁を切るか?」というところだったので、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて話をあわせて1日を過ごすにはあまりに彼女にとって救いがないのでそんな気にはとてもならなかった。
待ち合わせ場所も特に指定しなかったのは、チケットにある席順が有無を言わさず私の隣だったからで、彼女が来てくれさえすれば必ず会える。いや、彼女はこういった誘い方でも相手が私なら戸惑ってでも取りあえず来てくれると思っていた。来てくれなければ、コートの胸ポケットに忍ばせた嶋さんへの長文の手紙をそのまま投函すればいいだけだ。
杏さんへの恋を確認するはずのチケットを「用無し」になったという理由だけで嶋さんに渡したことを責める気持ちもあったが、私の正当化は、全て手紙に書き記した。いや、「全て」かなんて確信はない。彼女へ渡すはずのその手紙を私は何度も読み返した。そのたびにつくづく自分は芯のない人間だと思い知らされる。結局いつも責めるべきは自分、といったところに落ち着くこの悪循環を断ち切れない自分を、好きな女性に対してそのままの自分を見せられる準備がなかなか出来なかったのだ。
その日の新横浜は曇り空で雪でも舞い降りそうな寒い日だった。あたりを眺めても嶋さんを特定できないことくらい分かっているので、私は一目散に席に付くべく歩を進めていたのだろう。さすがにできたてホヤホヤの横浜アリーナは新しくて暖かだった。といっても3日ほど前に母と見に来ていたので場所に対する新鮮さはそれほどでもなかったが、色々な真新しいものを目に留めておきたくて場内を観察していた。
そして私は開演時間を告げるアナウンスを一人で聴いた。
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