薄暗い部屋の中、矢部はソファに座っていた。 仕事場と家の往復だけの日がこんな続くのも珍しい。 これもそれもみんなあいつがいないからだ、と投げやりに煙草に火を点ける。 岡村は、仕事で日本を離れている。 いない間、部屋の観葉植物に水をやってくれと頼まれているのを思い出したが 今日はもう疲れているし、いまから岡村の家に向かうのも面倒だ。 煙草の灰を灰皿に落とす。 灰皿は、岡村がどこかからの土産でくれたものだ。
「あ」
そうだ。 以前、岡村が家の植物を枯らしたときの事を思い出した。 色んな不調が重なって、あいつは急に不安になったんだった。 それで「コンビを契約制にしよう」と言ってきたのだ。 やはり、水やりに行かなくてはいけない。枯らすと、またあいつがうるさいだろう。 煙草の火を消し、車のキーを持って外に出た。
岡村の部屋の合鍵は持っている。 「いつでも来てええで」 と言われてはいるが、実際週の半分くらいは仕事終わりに一緒にこの部屋に帰ってくる。 自分の家に岡村がくることもあるにはあるのだが。
鍵を開け、いつもと同じように中に入る。 岡村が日本を離れてから来ていなかったので、久しぶりだ。 どこか懐かしい匂いがして、矢部は少しほっとした。
電気を点けて、鉢に水をやる。 「ちょっと間ほっといてごめんな」 岡村に愛されているであろう観葉植物たちに声をかけていると まるで岡村自身に話しかけている気分になる。
水遣りを終えると、どっと今日の疲れが出てきた。 もう、今夜はここで寝よう。と、ベッドに向かう。
岡村のベッドは綺麗に整えられていて、彼の几帳面さがよく表れている。 矢部は勝手にベッドにもぐりこみ、いつもの癖からか真ん中から少し右の場所に落ち着いた。 布団から、枕から、岡村の匂いがする。 高校の頃から変わらない…といっても、最近はおっさん臭が混じってきているが、安心する匂い。
矢部はその匂いに包まれて、岡村が不安定になったときを思い出していた。 当時は自分はドラマをやっていて、ピンでお笑い番組に出たりしていた。
コンビのどちらかがフューチャーされてピンでどんどん売れていくというのは そこそこ名が知れてきて安定しだす頃のコンビによくある事だが そういうコンビやグループをいくつも見てきていた岡村は、余計心配になったんだろう。 まして、上京してから信頼できる人間も殆どいなかった。 そんな環境が揃って岡村を追い詰めていたのだ。
だが。 あの時は彼を落ち着かせることが最優先だったが、 そういう風に自分が岡村を置いて一人でやってくんじゃないか、と思われていたことに 矢部少なからずショックを受けていた。 そう思わせてしまったのは悪かったが、そんな考えなどハナから自分達にはないと思っていた。
それに、本当言うと自分だっていつも不安で寂しいのだ。 矢部は大きく息を吐く。 「今かって、お前おらへんやん」 あの時の事を考えるとお互い様、といえるかもしれないが。 もう、離れても大丈夫だとあいつは思っているのだろうか。 もちろん二人の向くベクトルがズレたりブレたりする事はないだろうとは思う。 少なくとも自分の方は、何をしようが必ず岡村のところに帰ってくるという自信がある。 それとは別の、次元の話だ。
自分ひとりではここまで来られなかっただろう 仕事の話だけじゃない。矢部の生活が――人生自体が―― いまや岡村なしには考えられなくなっている。 (そのこと、わかってんのかな) 枕に顔を埋めてみる。 こんなセンチメンタルになるために、この部屋に来たわけじゃないのに。 歳を重ねて不安になる事も大分減ったとは言うものの、岡村の事に関しては全くだめだった。 岡村が長く留守にすると、大抵こうなのだ。 理由をつけて岡村から意識を逸らし、 結局我慢できずに言い訳しながら彼の部屋に来てこのベッドに倒れこむ。 もういい大人なのに何年経ったって変わらない。 「癖んなってんかな」 自嘲気味に笑ったところで誰も見ていないのだが。 「悪い癖っすわー…ねぇ、」 応えてくれる相手は、今夜はいない。 それでも矢部は唇から言葉が漏れるままに呟く。 「ひとりで寝たって布団も冷たいだけやのに、わかってんのになー」 妙にひんやりとした空気に気づいて、布団のなかでごそごそと動く。 どうせ誰も見ていないし、柄にも無くたまには泣いてやろーか 観葉植物の水遣りなんか来るんじゃなかった。 この部屋の植物なんかより、よっぽど自分の方がひどいではないか。 あのまま疲れに任せて自分の部屋で寝てしまったほうが遥かに楽だった。 「…僕のほうが、あんたの事好きやわ」 布団を手繰り寄せて、抱きしめる。 なんだかんだで、負けているのだ。 そう、最初に惚れた時点で負けは決まっていた。 「帰ってきたら…」 甘えてやろう。 多分、恥ずかしくて出来ないだろうけど。 でも、たまには自分が甘える側にいたって良いと思う。 「…急に甘えたらびっくりするやろなぁ」 その驚いた顔と、多分照れ隠しでぎこちなくなるだろう彼を想像したところで ようやく温まってきたベッドの中、矢部はやっと眠りについた。
****************** 香港映画撮影第二弾のときのやべし。 空港に送るロケバスの中で、やべしがほっぺちゅーしたのは さみしかったからに決まっている!と、思っています。 あんな長いこと離れる事が、異常事態だったんだろうなぁ。 このときのやべしのANNとか、ぐる企画で香港まで追っかけるとことか おかむらさんは撮影で頭いっぱいやったやろうけど やべしはおかむらさんの事で頭いっぱいだったという妄想。
|