最近岡村さんがおかしい。 いや、大体いつもおかしいんやけど、 ちょっと変なスイッチが入ることがある。 今日のラジオもそうやった。 なんか疲れてんか? まぁ、疲れてるのは目に見えて分かるけど。
「おい」 「え?」
放送が終わって、声をかける。 反応は鈍い。 顔は下向いたままで。
「今日ツボクラの車で来たんやろ?」 「おーそうやねん、ワイパー壊れたからやぁ」 「うん。今日、送ったるわ」
そう言ったらやっと顔を上げた。 何も言わんとじっと見つめてくる顔がちょっと可愛い。 ちょっと間があって返事がかえってくる。
「え…ええよええよ」 「ん?えーから、ほら」 「…うん」
車に乗せて、無言で走り出す。 岡村さんは前をぼんやり見つめている。
「…なぁ」
岡村さんが掠れた声を出す。
「ん?」 「この時間やったら、静かやな」 「うん、そやなぁ」
街が、という事なのだろう。 岡村さんはいまだに東京に慣れていない。 色々ありすぎて、心から好きになれないのだろう。
「眠たかったら寝てええよ、起こしたるから」 「ううん、起きてる」
しんと静まり返った街が、妙な浮遊感を持って僕らを包む。 そう感じた僕に気づいたのか、また岡村さんが掠れた声で言う。
「なに考えてんの?」
岡村さんも僕も、前を見たままで。
「岡村さんの事」
今この夜更けの街で、温かいと思えそうなものはお互いだけで。 そんな状況で何もかも隠す必要なんてなかった。
「ずっと岡村さんの事考えてるよ」
このままここで車を停めて、 ふたりでどうにかなっても良い気さえしていた。 応える言葉はなく、また暫く沈黙が続く。
「…息、してる?」
あまりに静か過ぎて声を掛ける。
「してるよ」
ごそ、と衣擦れの音がする。
「俺、お前が好きや」
岡村さんの声が、静けさより静かに響いて僕に届く。 掠れた言葉は何よりも甘く。 僕はやっぱりここで車を停めてしまっても良いんじゃないか、と真剣に考えた。
「声とか、喋るリズムとか、表情とか、全部」 「全部すか」 「うん、全部。手放したくないねん」
まるで本人以外の誰かに語るような口ぶりで、当たり前の様に言う。 僕は僕で、冷静に岡村さんの言葉を受け止めていた。
交差点で信号が赤になる。殆ど車は走っていない。
「疲れてんちゃう?」
それが僕の事なのか岡村さんがなのか反芻もせずに、思った事が勝手に口から漏れた。
「はよ、寝た方がええで」 「せやな」
次の角を曲がると岡村さんの家に着く。 早く帰して寝かせてやりたい気持ちと、そうでない思いが混ざる。 迷って出した答えは自分の疲れを言い訳に、僕は結局角を曲がる手前でブレーキを踏んでエンジンを切った。 岡村さんがこちらを向くより先に彼に覆いかぶさって、シートベルトごと抱きしめた。 空調が切れて、ひやりとした隙間風が入ってくる。 岡村さんは鼻をすすると「お前はあったかいな」と言って目を閉じた。
************** むかしっから、 ・人気のしない街 ・触れるだけのキス がめっぽう好きなので、似たような話しか生まれません。 静まり返った街フェチなのかもしれません。 あと、勝手に岡村さんは俺で、やべさんは僕って言うイメージです。
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