残暑はなかなか結構ひりりひりりと暑い
NNのおっさん2人の妄想とか自分の日々とか色々書いてます

1999年01月07日(木) 無題

夏。
あつい。


「べーやん、お好み行くで!!」

先輩の声が聞こえる。

「うぃーす」

返事をして、僕は先を行く先輩の背を追う。

高校に入学して、サッカー部に入部して、先輩と出逢って…
――といっても、最初に出会ったのはアニキが先輩を家に連れてきた時やから彼の事はずっと知っていたのだけど――
仲良くなってからずっとこんな調子で、
毎日の様にお好み焼き屋へ通っていた。

「おばちゃーん、豚2つ!!」
「はいよー」


あっついすねーと言って、水を一気に飲み干した。
ちりんちりんと風鈴が鳴る。
壁に付けられた扇風機が首を捻るたび、先輩の前髪を揺らす。
僕はその様子が気に入って、なんとなしにぼうっと見ていたら

「おぅ、なんやねん。なんか付いてる?」

と、先輩がしきりに前髪をいじりだした。

「いや、なんもついてないすよ」

彼の一挙一投足が、おもしろい。
さっきの、僕の先を行く背中も、ちょっと振り返って僕を呼ぶのも、
部活で走ってるときも、試合してるときも、全部。
僕が彼について毎日毎日一緒にいるのは
そういう全部を見逃したくないからだったりする。
それに、彼は先輩やのに全然気負いなく付き合える人で
だいたいの事は何でも話せる人だった。

「今日あいつがさぁ〜」

他愛ない部活での出来事を話していると、
豚玉を2つもってお好み屋のおばちゃんがきた。

「あんたら、今日はすいてるから豚肉大目に入れといたったで」
「うわ!ありがとう!!」
「さっすがおばちゃん!!」

鉄板に生地をのせる。
焼いてる間もむちゃくちゃ暑い。
ふと先輩を見ると汗だくで、それもまた、なんていうか気に入って。

「この焼けるまでが暑いよなぁ〜食うたら大丈夫なんやけど」
そういって先輩が笑うと、白い八重歯がちらっと見えた。


夏。
もうすぐ先輩は引退する。
こんな毎日は、多分、もうないんやろーな。
引退しはったら受験もあるし、あんまし遊んでられんもんな。


どうでもいいことを考える。
遠くでちりんちりんと風鈴が聞こえる。
引退のあと、受験のあと、卒業のあと。
彼がいなくても自分は自分でそれなりに過ごすだろう。
それにどうせ時々は会うやろうし。

でも、
でもなぁ。
彼がいない毎日を思うと、つまらんやろうなーと思う。
できるだけ、一緒にいられたら、と思う。

「あーもう、あついっすね、ほんま」

額の汗はぬぐってもぬぐっても止まらなかった。


************


「……あっつい…」

暑さで目を覚ます。
その瞬間、さっきまでのが夢だと理解した。

「お前、クーラーぐらい付けろや」

自分を見下ろすのは、よく見知った顔で

「何してんの自分…」

汗の玉が額に光っていて、まるであの時と同じで
また僕は目が離せなくなっていた。

「お前、寝言言うてたでー。
 『やっぱ…やっぱ豚がいいっすね〜』って言うとったで」
「うそお!」
「お前なんの夢見とってん、しゃぶしゃぶの夢か?汗だくんなって」

岡村さんが笑う。
笑い方は変わってない。ただ、八重歯はもうないけど。

「僕そんなん言うてました?」
「おう」

それだけなら良いのだが、何かもっと…
あの夢の中で考えてた事まで寝言で口にしてないだろうかと思うと
恥ずかしすぎてヒヤヒヤする。
あの夢は、あの当時の自分が考えてた事そのままで
僕はどうしても彼と一緒にいたかったのだ。
だからこの世界に誘った。彼となら大丈夫だと思って。
でもそんな話を岡村さんにしたことはないし、
そんな気持ちだったとバレていようが、
自分の口からは到底言いたくない話だった。


「お前、あほやなぁ」
「なっ」

くっくと笑いながら、岡村さんは煙草に火をつける。
それは明らかに、『豚がいいっす』っていう寝言に対するものではなく。


「お前はホンマあほやで」


もう一度言って、泣きそうに笑って、
僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。


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油木かい [MAIL]