パンドラの箱
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スーツケースのカギを無くしたことがある。
中には洗濯物だとか、ちょっとしたお土産だとか、たいしたものは入ってなかっ たのだが、やはり開けないことには、と買ったお店に連絡してスペアキーを 手に入れた。
「お客様、このタイプのカギで、たまたまメーカーに同じ商品のカギがあったか らよかったですが、最近は電子ロックなどで安全上の理由からも同じカギは 入手できないと思って頂いて、きちんと保管しておかれた方がいいですよ」
お店の人に言われ、あたしはそれもそうだな、と思った。
万が一カギをなくしても、スペアがあれば大丈夫だ。
そういえば、と思う。
あたしは友人達の間では、「恋多き女」と呼ばれている。
次から次へととっかえひっかえ、男を替えて、男が切れたことがないよね、と。
うまくいっている時ですら、あたしは、恋人との痴話げんかや、行き違いを相談 できるような男友達を作って、恋人ひとすじ、と言いながらも実はニュート ラルな状態でいることが多い。
たとえ今付き合ってる恋人と別れるようなことになっても、彼がいるから大丈夫。
あたしは決して一人ぼっちにはならない。
今の彼とはもうかなり長く付き合っている。「恋多き女」もついに年貢の納め時か、 なんて言われ、あたしもなんとなく結婚を意識するようになった。
ある日、つまらないことで大喧嘩になった。もう修復不可能だ、と思えるくらい の喧嘩で、あたしはそのとき一番仲のよかった男友達に相談した。
「どうしよう。もうだめかもしれない」
「まあ、ダメになったら、俺のところに来いよ。待ってるからさ」
あたしは酔った勢いで、その日のうちにその男と関係を結び、だからと言って恋 人と別れるつもりなどさらさらなく、
「慰めてくれてありがとう。もう少しがんばってみるね」
などと言い残し、たまに愚痴をこぼしたり、恋人と喧嘩しては彼のもとに行き、 セックスをし、といったことを繰り返していた。
あたしの中では恋人が一番であって、彼はスペアでしかなかった。
恋人がいなくなったら、きっとこのままずるずるとこの男と付き合っていくこと になるのだろう。
ところが、そんな彼がある日
「俺、結婚することにしたんだ。だからもうおまえとは会えないよ」
なんで?なんで?どうして?
あたしの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。
「おまえも彼と結婚しろよ。もう、潮時じゃないのか?」
あたしはちょっとした失恋気分を味わったが、やっぱり彼の言うとおり、恋人と 結婚しようと思った。
久しぶりのデートで恋人にそれとなく結婚のことを持ち出した。
「ゴメン、実は俺他に好きな女ができた。おまえには悪いと思うけどおまえは俺 じゃなくてもいくらでも男がいるだろう?」
そんな!
あたしはマスターキーまで無くしてしまったのだ。
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