Spilt Pieces
2010年06月10日(木)  すきなうた
思春期の頃、下の階に住んでいたNちゃん。
彼女から受けた影響は大きい。
大きすぎて、連絡を絶った。


ずっと、連絡を続けることも、絶つことも、怖かった。
たぶん私は、あの頃よりも大分強くなったんだろうと思う。
どこかから、心を痛めつけてくる対象だと認識していた。
でも、逃げられなかった。
逃げてもいいのだと分かったのは、
何となく関係を続けていくのをやめられたのは、
やっと去年の正月だった。


彼女は、言動がとても強い人だった。
私と対極に思えるような人。
運動が苦手で成績のよかった私は、
運動が得意で成績の悪かった彼女に、
よくこう言われた。
「お前は勉強はできるが頭は悪い。
本当の意味で頭がいいのは私のような人間だ」
彼女は私を「お前」とか「ぶた」と呼んだ。


彼女は私よりも半年くらい早くに、同じ学校へ転校していた。
同級生だった。
後で、彼女が転校直後にいじめられていたと知った。
私が出会った頃の彼女は、
たった半年しか経っていないというのに、
明るくて勝気な性格で、リーダー格の子達とつるんでいた。
だから、いじめがあったなんて、全く知らなかった。
彼女と、離れる頃まで。


なぜだかよく分からないが、当時私は異性からもてていた。
人生最初で最後のもて期だったと思う。
けれど悲しいかな、私はそのせいで、男性嫌いになってしまった。
難しい時期だったのだろう。
環境変化についていくだけでもやっとの頃に、
周りの女の子からしょっちゅうからかわれた。
異性を意識してしまうような思春期の入り口に、
ひねくれた愛情表現ばかりを繰り返された。
嫌われているのだと本気で勘違いしてしまうほど、
特定の男の子に意地悪を言われ続けたし、
それを見ていた他の女の子には噂をされた。
「転校生のくせに」
今思えば笑ってしまうほどみんな子どもじみている。
けれど、その頃は私も周りと同じく、子どもだった。
自分がおかしいのではないかと、悲しくなった。


そんなとき、Nちゃん。
「お前に男が寄ってくるのは、おとなしくてばかだからだ」
「男というのは、何でも言うことを聞きそうな奴を好きなんだ」
「お前は勉強はできても、ばかだ」
逃げたくても、逃げられなかった。
小学校高学年。
運動ができる子がヒーローとなる時代。
Nちゃんと私は家が上下だった。
家にいると、ドッジボールの特訓だと呼び出される。
ちょっとHな漫画を見せられて、
「お前にはどうせ分からないだろう」と言う。


中学校に上がっても、やはり同じだった。
クラスまで一緒になった。
彼女は、担任の先生を好きになったと騒ぎ始めた。
私が先生と話をしていると、後で怒られた。
「先生っていうのは、どうせお前みたいに
おとなしくて勉強できる奴を贔屓するんだろう。
でも、私が先に好きになった人に近づくな」
先生とは、ただ普通の会話をしただけだったし、
恋愛感情なんてこれっぽっちも抱いていなかった。


肌が白かったので、時々「白豚」と呼ばれた。
ただでさえ太いのに白いからどうしようもない、と。
大人になってから当時の写真を見たら、
太くもなんともなくて、むしろ細いくらいだった。
世界が狭い頃、というのは怖い。
言われた言葉をそのまま真実だと思ってしまう。
日焼けしたい、と、いっぱい日差しを浴びた。
黒くなりにい体質だったので、真っ赤に腫れた。
やけどをしたような顔で笑っている写真が、悲しい。


今思うと、彼女がかけた暗示だったんだろう。
「みんながお前を見ている。全部見ている。
自分の行動や表情を、常に気にかけていろ」
何の目的だったのかは、分からない。
ただ少なくとも、現在に至るまで影響は消えていない。
薄れさせるだけで精一杯だった。
彼女に繰り返し言われた言葉のせいで、
思春期の間ずっと他人の目ばかりを気にしてしまった。
授業中に「はい!」と元気に手を挙げていた転校前の自分は、
彼女に暗示をかけられてから17年経った今も、帰ってこない。
夫は私が色々と気にしすぎているのを見て、
「自意識過剰じゃない?」
と、あっけらかんと笑う。
「そう簡単なものじゃないの。
気にしたくないのに、自由に話をしたいのに、
他人の目が怖いの」
そう嘆くと、
「じゃあ何回でも言ってあげるから。
気にするな、気にしなくて大丈夫だから」
穏やかな顔をして繰り返してくれる。
それなのに、今も消えない。
彼女の顔さえ曖昧なのに、彼女が言った言葉は今も染み付いている。


いじめられたのか、と問われれば、いいえと答える。
殴られたり、物を盗まれたりしたわけではない。
集団で嫌がらせをされたわけでもない。
ただ、一番そばにいた人が、繰り返し繰り返し、
私から自信を奪って、自分は変だと思い込ませた。
何のために?
今思うと、彼女のコンプレックスのはけ口だったんだろうか。
「違う」ということを、認め合えればよかったのに。
「違う」ということを、自分の場所を確認するために使った。
私が強くなって、彼女を否定しないように。
私はだめだと、何度も繰り返し植えつけた。
彼女の作戦は、きっと成功。
だけど、私は今、彼女は悲しい人だと思う。
幼くて、弱くて、しかもその弱さに気がつかない人。


中学校の途中でまた転校をした。
またも排他的な地域で、結局私は高校に入るまで
友達と呼べるような人には出会えなかった。
でも、Nちゃんと別れられた。
それは、嬉しいことだった。
当時は「嬉しい」という自覚などなかったけれど。
なぜなら、あの頃の私は彼女と友達だと認識していた。
彼女の言葉が間違っているのではないか、
そう思えたのは、成人してからだったから。
もし友達だと思っていなかったなら、
こんなにも影響は受けなかっただろう。
親しい友達だと思っているのに否定され続けたから、
私の思考回路まで乗っ取ってしまったのだと思う。
まったくもって、私も彼女のことを言えないくらい、
幼い。


転校後、彼女からはしょっちゅう手紙が来た。
彼氏ができたとか、別れたとか、また新しい彼氏がとか。
大概恋愛のことだった。
「今回は本当に運命の愛」と熱く語り、
数ヶ月後の手紙のときには相手の写真が変わっていた。


「お前がいなくなって、寂しい」
そう綴られていて、友達がたくさんだといつも豪語し、
実際周りにたくさんの取り巻きがいた彼女なのに、
一体何を言っているんだろうと思った。
私が送る回数より、彼女からの手紙の回数の方が多かった。
「みんな、うわべだけの友達だから。
本音で話しても否定しないのはお前くらいだから。
何を言っても聞いてくれたのはお前だけで、
私を丸ごと受け入れてくれたのもお前だけで、
いなくなって初めて、親友はたった一人だと気がついた。
だから、これからも話を聞いてほしい」
そう綴られていたのは、私にもようやく
心を許せる友達ができた頃だった。
そばにいた頃の自分だったらきっと喜んだであろう言葉が、
その頃の自分にとっては、ただひたすらに軽く思えた。
妙に、冷めた目をしていたような気がする。


段々と、手紙での呼び方が「お前」から「さと」に変わった。
私が何度引っ越しをしても、律儀に年賀状が来た。
数年前、「結婚しました」という内容だった。
「いつまで続くんだろう」
そんな本音、書けなかった。
「おめでとう。お幸せに」
簡単なメッセージだけ書いて、返信した。
がっかりしたのか、それから数年、連絡がなかった。
電話やメールが欲しかったんだろうか。


去年の正月。
「子どもが生まれました」
幸せそうな写真と、子どもの名前、誕生日。
誕生日が、私の誕生日と同じ日だった。
まさかと思った。
彼女は、人の関心を引くためなら、平気で嘘をつく。
だからきっと、今回もそれに違いないと思った。


真実だったのかもしれない。
たまたま偶然私の誕生日と一緒だったのかもしれない。
でも、もう十分だと思った。
人間関係をメリットデメリットではかるようなことは
したくないけれど、私は、
彼女との連絡をたとえ細々とでも、
たとえ彼女から連絡があったときのみの返信でも、
続けることは、
心が痛くなるばかりだと思った。
どういう意図なのか、考えるだけでちくちくする。
私にとって、関係を続けるメリットはないと判断した。
返事を、書かなかった。
自分に結婚の決まった相手がいることも、
引っ越しをすることも、伝えなかった。
もう疲れた、と思ってしまった。


彼女は私に何を求めていたのだろう。
そして私は彼女に何を求めていたのだろう。
もやもやと続く、思春期の残り香のような人。
でも、今もはっきりと、私に影響を与える人。


「お前、誰の曲が好きなの?」
当時、彼女は尋ねた。
音楽をあまり聴いたことのなかった私は、
とりあえず知っている人の名前を挙げた。
特にない、と、言う勇気さえなかった。
「ふーん…お前らしいね」
「私らしい?」
「うん、いかにも優等生が好きそうな感じ。
好きな曲を聞けば、大体人間性分かるよね。
つまらないの」


それ以来、私は、自分の好きな歌手を人前で言わない。
言わない?
…本当は、怖くて言えなかった。
そして好きなものを好きという勇気も。
適当にはぐらかす私には、
「同じ趣味の友達」というものがいない。
全く、いない。
感情を表出して、叩かれるのが怖い。
残念ながら、過去形ではない。


17年も前のこと。
ずっと言えなかったたくさんのこと。
「大丈夫、言ってごらん」
穏やかに笑う伴侶を得た私は、幸せだと思う。
少しずつ、話せるようになれたらいいな。


すきなひと。
すきなもの。
すきなばしょ。
すきなうた。




記入:2010年6月16日(木)
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