Spilt Pieces
2003年04月27日(日)  東京
入社試験を受けに東京へ行った。
帰ってきたら疲れてしまって、日記を更新しなかった。
というわけでこれは思い出し日記。書いているのは28日。


私は、正直言って東京が好きではない。
都会の喧騒とでも言ったらいいのだろうか、人が多くて、多すぎて、誰が消えても分からなさそうな「他人」集団の雰囲気が苦手だからだ。
東京の駅を利用する人などは、東京に住んでいるとも限らない。
そう考えれば、きっと当然なのだろうけれど。


普段から歩くのが遅い私は、駅の改札口でしばしば戸惑う。
切符を鞄から出すことさえ間に合わないときは、いつも横に逸れて立ち止まる。
ゆっくり、次々流れていく人の波を見ていると、ふと自分1人が取り残されたような気がして怖くなる。
通過するだけのところ。
肩と肩がぶつかっても、一瞥もくれることなく歩いていく人がいる。
そういう人が多い気がする。
他人と関わることが嫌なのだろうか。


以前友人は、東京ではしゃぐ私を見て「幼いのね」と笑った。
私がはしゃいだ場所は、高いビルが立ち並んでいたところ。
ぽっかりと穴が開いたかのように、空が遠くまで見えた。
普段邪魔だと思っていたビルが、逆にそこにあることで空の高さを確認できたように思えた。
笑われて、少し悲しい顔をした私を宥めるかのように、友人は続けて「でも、そういう風にいつでも感激できるのは幸せなことよね」と言った。
その言葉は、静かな余韻を保ちながら、私をますます落ち込ませた。
きっと、この都市に生きるには、この都市を利用するには、そういう感激など無意味で、むしろ有害なのかもしれないと感じたから。
私には合わない場所なのだろう。


山手線で、杖をついて壁に寄りかかるおばあさんがいた。
ヘッドホンをして本を読んでいた私は、目を上げるまでそのことに気づかなかった。
いつからいたのだろう。
そして分かったのは、そのおばあさんに近いところに座る誰もが席を譲っていないことだった。
私は、少し離れたところに座っていて、だから声をかけるのも変かと思った。
それに赤面症なので、人前で「イイコト」をするのは嫌いだった。
少し悩んで、結局声をかけた。
でも、もうすぐ降りるので、と、優しくそして温かい感謝の言葉と共に断られた。
驚いたのは、そのおばあさんがまずは意外そうな顔をして、その後すぐに満面の笑みを浮かべたことだった。
意外だったのは、何だろう。
私?それともそういうことをされること自体?
京王線で同じことをしたときも、やはり同じような表情を見た。
真っ赤になって、周りを見ることもできないで、それでも私にはその表情が気にかかって仕方がなかった。


私は元々田舎で暮らすことが好きで、だから昔神奈川に住んでいたときも大きな街へ出ることを好まなかった。
渋谷から30分くらいのところに住んでいたのだが、渋谷どころか最寄の駅前へ買い物へ行くことすらあまりなく、家の近くの公園などで走り回るのが好きだった。
いつも泥だらけ、遊び疲れて9時には就寝。
だからだろうか、時折「今の子どもが分からない」などとぼやくのは。
きっと、今の子どもどころか当時同年代だった子どものことさえ分からなかったに違いない。
もちろん、それもこれも全ては一部のことなのだろうけれど。


東京にいるのは、昔から東京にいた人ばかりではなく、たまたま通りすがった人や進学・就職によって初めて来た人も多いだろう。
それなのに、どうして誰もが同じに見えてしまうのか。
効率的で、大きなビルはどこもかしこも綺麗で、熾烈な争いにおいて生き残るためだろうか店員の態度はどこへ行ってもよい。
便利で、他の都市にはないものがある。
それなのに、どこに個性があるのか分からない。
ああ、きっと語弊があるのかもしれない。
私は、東京ではなく基本的に大都市が嫌いなのだろう。


近頃、日記を書いていてもとりとめのないことが多くて、結局何を書きたいのか分からない。
ただ、それは日記なのだから当然だろうと自己弁護してみたりもする。
ともかくとして。


この国で人々は、シルバーシートに平然と腰かける。
車椅子用の駐車場に車を停める人がいる。
こういうことが普段から嫌で仕方がない。
そしてこういうことが繁栄の片隅でまるで影のように存在しているから、その分対照的で目につきやすいから、東京が嫌だと感じるのかもしれない。
色んないい面もあるけれど、まるで私の苛立ちを凝縮させたかのように悪い面もよく見える。
それは、人の数のせいでなおさら感じているだけなのだろうか。
それとも、都市もしくはこの国が持つ悲しみそのものの形だからだろうか。
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