Spilt Pieces
2003年04月15日(火)  年齢
年齢など、単に自分を紹介するときに使う言葉の一つに過ぎない。
大学に入学してくる1年生などを見て、私はしばしば「若いよね」などと言う。
でもそれは、何となく周りと話しているうちについた口癖のようなもの。
我ながら変な口癖だなと思う。


ある年齢を聞くと、各自が自分の中にある年齢イメージをそれに付き合わせる。
そしてそのイメージで相手を判断し、「幼い」とか「老けている」とか色々言う。
「人それぞれ成長の速度は違うものだ」
そう言う人でも、多くは、例えば30歳前後の人がまるで思春期にある人が抱えているような問題で悩んでいると、「幼いね」と、当たり前のように評価する。
それとも、私が持っている変な口癖のようなもので、思わずとも口に出てしまうだけなのか。


私は、しばしば実年齢よりも若く見られる。
同い年の人にまで高校生と間違えられるとき、一般に言う「大学生」のイメージとはどのようなものなのか、具体的に知ってみたいと思うことがある。
抵抗感を覚えることがないとは言いがたい。
ただ、そういえば高校生の頃には中学生と間違えられていたから、単に外見年齢の成長が他の人より3年ほど遅いだけなのかもしれない。
将来は得かもしれない、と、ぼんやりと思う。


そういえば、年齢とは不思議だ。
学校に在籍しているうちなら、学年もその一つ。
生まれたときのことなどほとんどの人が覚えていないはずなのに、それが1年やら2年違うというだけで、敬語で話したり敬ったりする。
中学生や高校生の頃と比べたら、最近はそんなこともほとんどなくなってきたけれど、それでもやはり変な感覚。
年齢が上だというだけで尊敬すべき点がないのなら、私はその人を「先輩」と呼びたいとは思わない。
年齢が下でも、尊敬できる人ならいくらでもついていく。
誰もがそう思うであろう当たり前のことかもしれないのに、表に出される年齢や学年という名の数の割り当てによって、それが阻まれる。
実際のところは、そういう生活に慣れているし、特に波風立てたいわけでもないから流されるままでいるけれど。


なぜ今さら年齢についてなどをわざわざ書こうと思ったのかというと、最近ネット上にある精神年齢鑑定のようなものをやったからだ。
時折遊びに行くHPで紹介されていて、何となくやってみたのだった。
私は、こういう結果を信じていない。
ただ、結果を見て思わず笑ってしまった。
「精神年齢33歳」「知能年齢47歳」
…あんな少しの設問で、私の何が分かるのだろうと思いながら、この他にも出ていた全ての結果において実年齢より上になったことで、微妙な気分にもなった。


専攻のこともある。
心理系のテストを受け慣れているため、結果が歪んでしまったのかもしれない。
そもそも信じていないのならば、歪もうと歪むまいと関係ないのだろうが。
ただ少なくとも、このようなテストはネットを探すと色々あるらしいし、人がこういうものを好む理由はどうしてなのだろうと思った。
年齢とは、生まれてからの年数にすぎないのに、これほどまでに人(むしろ日本人と言うべきか)の関心を引きつける。
不思議なものだ。
そして、それに影響を受けてこのような文章を書いている時点で、私もその1人ということなのだろう。


矛盾を感じるとき。
例えば、坂本竜馬を好きだという年配の人が、自分より随分若い人の意見を「甘い」もしくは「若い」と一刀両断にして、受け付けないこと。
きっと、竜馬を知ったときの年齢が、竜馬より若かったに違いない。
そういう人にとっては、追い越しても、竜馬の年齢は常に上のまま。
「好き」という言葉だけが残ってしまったのだろう。
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