Spilt Pieces
2003年04月11日(金)  桜
近頃この国では、夜に桜が泣くらしい。
月と話ができぬという。
夜空に映えぬと嘆くという。


漆黒の闇の中、妖艶な光を醸し出し、かつて桜は恐れられそして愛された。
街灯のない田舎道、桜に出会うと決まって身を小さくした。
桜の下に何かが埋まっているなどいうフレーズを、当時の私は知らなかった。
ただただ闇の中に浮かび上がる桃色の発光体が怖かったのだ。
発光体。
そう、確かに遠くない昔、桜は光っていた。
月の光を反射するそれは、美しすぎた。
春の夜の戯言と、幻。


今も時折、月と語らう桜の姿を見かけることがある。
全身で柔らかな光を集めて、笑う。
その笑い声に、思わず早足になる。
しかし。
近頃、明るすぎる電灯の下で、夜の来ない街の中で、酒を片手に騒ぐ人々に囲まれ、桜は呼吸ができぬらしい。
そういえば、夜道を歩けばあんなにも存在感のあった桜が、街の小さな街路樹になってしまっているのを見かける。
迫ってくるような力も、感情を喚起させ高鳴りを誘うことも、ない。
街の凡庸な人工物質に囲まれた桜は、それと同化し、申し訳なさそうに隅っこで膝を折り佇む。
飾りか客か。
春の主役たる威風を、どこぞへ置き忘れてしまったかのようだ。


月もまた、その光を一身に集め輝いていた友を失い、空から寂しげな表情で視線を投げている。
眼下には、人工の仄かな、されど月よりも明るい光が桜を照らしている。
かくて桜と月は、分かたれた。


近頃この国では、夜に桜が泣くらしい。
月と話ができぬという。
夜空に映えぬと嘆くという。
そしてそんな桜を眺めながら、時折胸を撫で下ろしつつ女が一人、横を通りすぎていくのだ。
Will / Menu / Past : Home / Mail