Spilt Pieces
2003年04月03日(木)  教師
私は比較的担任運がいい方だと思う。
性格が好きだったかどうかは別として、教育熱心な人である確率が高かった。
やる気の全く感じられない、「でもしか先生」にも多く会ったことは事実だけれど。


教育実習の事前指導が三日間続く。
同じような言葉、同じような経験談。
現場の教師による教職論、授業案。
私は疑う。
今まで自分が出会ったやる気のない教師たちは、このような講義を受けたのだろうか?
本当にこんな教師ばかりなら、日本の教育の批判すべきところもかなり減るだろうに。


話をしてくれた現場の教師たちは皆、生徒にとって入学するのが大変な学校に勤めていた。
世間の教育熱心な親たちが、いい学校に行かせたいと言っている意味が痛いほどよく分かる。
こんな教師に教えてもらえるなら、一時の努力くらいたいしたことがない。
熱心で、生徒のことを真剣に考えてくれる教師ばかりの学校。
きっと、親に勧められるままとりあえず受験をして入学できた生徒たちは、自分の恵まれた環境に気づくことはほとんどないのだろう。
転校や、自分が教師になるという機会さえなければ。


私が今日指導を受けた教師は、高校で公民を教えているという中年の男性。
彼は、1時間分の授業を構成するのに、本を5〜6冊は読むと言っていた。
ベテランの教師なのに、今もそれを繰り返しているという。
また、新聞も最低2誌、多い時期には4誌を読むらしい。
そして押し付けがましく教えたりしない。
大学生の作った拙い指導案を目にしても、いいところをたくさん挙げてから、ほんの少しの改善すべき点をあくまでも提案という形で示す。
だからといって甘いわけでもなく、きちんとやるべきことはやっているのだから驚く。
「1回分の授業を構成するなら、最低1冊は本を読みましょう」
と、嫌味ではない笑顔で言った。
ベテランである自分は、その何倍も本を読んでいるというのに。
押し付けではない、その分、自分が模範を見せる。
すごい教師だと思った。
本当に、あんな人に教わってみたかったと思いながら指導を受けた。


子どもの頃に出会う教師の質は、その後にも大きな影響を及ぼすような気がする。
熱心な教師に出会える子どもは、やはり恵まれている。
孟母三遷の教え、今更ながらに納得。
現代は、土地というハードウェアを求めてよりも、人というソフトウェアを求めて移動するのかもしれないとは思うけれど。
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