2005年12月28日(水)  私の枯葉 最終節。

彼はいつもあごヒゲを生やしています。唇の下からあごまで一本線で繋がっていたり、もみあげからあごまで繋がっていたりと様々なバリエーションがあるようですが、私はどれも好きではありません。付き合った当初は生えていませんでした。何を思ったのか、突然あごヒゲを生やすようになって、もう2年以上、同じスタイルを保っています。
 
彼はキスをする振りをしてわざと私の顔にヒゲをこすりつけます。私が裸の時は背中をヒゲで撫でます。何が彼をそうさせるのか、何がヒゲをそうさせるのか、ヒゲが何をそうさせるのか、男心はちっともわからないけれど、彼はヒゲで、ヒゲは彼でした。
 
彼と過ごす最後の日、私は彼の部屋に置いていた荷物の整理、彼は夜勤の準備をそれぞれ始めました。現実は私達を待っていてはくれません。それはとても悲しい時間だったけど、何か諦めへの猶予を与えられているような時間でもありました。私はバックのチャックを閉じ、彼は洗面所へ行きます。徐々に明確に区切られたそれぞれの時間が始まろうとしています。
 
私の枯葉。「私の彼は」と書いて「私の枯葉」と変換されて、なんだか切ない響きが気に入って、そのままタイトルに使った言葉ですが、私が書く日記もこれで最後です。私はこれからもこの日記に思い出という存在で登場するかもしれませんが、ここに書かれている私が私であるうちに書く日記は、もう訪れることはありません。

さようなら、私の枯葉。風に吹かれるがままに生きて、脆くて儚くて、静かに散っていく私の枯葉。これから訪れるであろう失恋の苦しみとは、どういうものなのでしょう。私にはわかりません。今は何もわかりません。
 
「さ、行くよ」出勤の準備ができた彼が私を促しました。私は最後に部屋を見回して、「さようなら」と心の中で呟きました。力なく座っていた私に、彼が手を差し延べてくれます。もうこの手は、優しさによって差し延べられることはないのです。私は彼の顔を見上げました。忘れられるように、刻まれるように。
 
「まぁ、こんにちは」
 
最後の台詞にしては場違いだと思いますが、咄嗟に言葉が出てきたのです。
彼は、ヒゲを剃っていました。そんな彼の顔を見るのは、私たちが出会った頃以来だったのです。
 
全てがリセットされました。
私の枯葉。あなたの後姿は、いつも震えていました。
 

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