2005年11月26日(土)  馬鹿な部分。
 
僕のトイレ本の定義は、大して真剣に読まなくてもいいもので、読書の中断が容易にできて、読了後、廃棄しても構わないものであるが、最近、コンビニで500円で買える雑学本や心理学の本が一段落がとても短くてトイレ本に最適でるので、この500円シリーズが力むことしかやることがない排泄の時間を非常に有意義にしてくれている。
 
ここ数ヶ月で読んだ本は、「雑学大学」「しぐさの心理学」「日本語の大疑問」などであり、現在読んでいる本は「理系の話が面白いほどわかる!」という本で、これがまた全然面白くなくて楽しいはずの排泄時間がちょっと憂鬱な時間と化している。
 
というのも、例えば「雑学大学」では、「あの水戸黄門様は、実は若い頃グレていた!」「東京ドーム○個分は山盛り? すり切り?」等、どうでもよすぎて逆に気になるようなタイトルが並んでいて、「しぐさの不思議」では、「このしぐさをしたら嘘をついている証拠!」など日常生活に役に立ちそうで、役に立ちそうな時はすっかり忘れているようなことが書いてあって結構面白い。
 
しかし、現在読んでいる「理系の話が面白いほどよくわかる!」という本は、「ヘクトパスカルって要するに何?」「ワットとアンペアとボルトはどういう関係?」と、まぁタイトルが理系と謳ってるだけあって理系の話ばかりで、根っからの文系の僕は全く興味が湧かなくて糞すら出ない。
 
「なぜ僕は生きているんだろう。どこから来てどこに行くんだろう」と、何とでも言える問題については真剣に考えるのだが、「ガラスはどうして透明なのか?」という問いには、どうして透明って、ガラスだから透明なんだろうと、真剣に考えたことがない。
 
世の中は未知のもので溢れすぎているようで、意外とほとんどのことが解明されてて科学的に説明できると思うんだけど、科学とは夢を追うものじゃなくて夢を終わらせるものである。。だから僕の中の馬鹿の部分は、このままずっと馬鹿なままでもいいと思うんですよ僕は俺は。
 

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