2005年09月15日(木)  アイツとボクとワキゲとキミと(後)
 
君は鏡の前でキスシーンの練習を繰り返す。不器用に唇を尖らせて、不様にまぶたを半分開いて。時々、その表情を崩さぬまま僕に顔を寄せ、キスを迫ることがある。それは実演と予行練習を同時に行っているようでもある。
 
そこに愛はあるのだろうか。あるのならばどういった種類の愛なのだろう。アイツに抱く愛とはどう違うのか。どこが同じなのか。
 
僕は君の愛に応えようと、静かに身を委ねた。しかし君は口を大きく開き、食べたばかりのギョウザの息を私に強く吹きかけたのだ。
 
「ねぇ、ケンちゃん。怒ってる?」
 
君は猫なで声で僕に話し掛ける。僕は黙っている。部屋の隅で小さくなって、ベッドの上に座っている黄色いクマのぬいぐるみをただ眺めている。黄色いクマのぬいぐるみも静かに僕を見つめている。時に愛の言葉を浴びせられ、時に下腹部の鈍痛が治まらなくてイライラすると、月に一度の個人的な理由でベッドの下に放り投げられたりする。
 
この黄色いクマの方が、君よりもわかり合えるのかもしれない。

君はテレビを見ながら少し尻を持ち上げて大きな屁を放つ。足を伸ばして遠くのリモコンを足の指で挟む。下らないバラエティ番組を見て手を叩いて下品な笑い声を挙げる。
 
僕の前では平気な所作も、アイツの前では禁忌となる。アイツと会ってる時の君と、僕といる時の君。どっちが本当の君なんだろう。そしてどっちの君といる方が幸せなんだろう。見えてるものが全て真実とは言い切れない。見えないものが全て嘘とは限らない。
 
君は素っ裸のまま、洗面所でコンタクトを入れる。君は延々と携帯で自分撮りを繰り返す。君は仕事から帰ってきてすぐ脱いだストッキングの匂いを嗅ぐ。君はショートケーキを包むフィルムを舐める。君はアイスクリームの蓋を舐める。まるで僕のように。
 
「ケンちゃん、おいで」
 
吾輩は猫である。名前はケンちゃん。
 

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