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| 2004年12月28日(火) 東京ななぜ美人が多いのか。 |
| まぁ彼女と手を繋ぎながら思うのもなんなんだけど、東京って綺麗な人が多いなぁと思うのであります。みんなオシャレして研究され尽くしたメイクして颯爽と街を歩いている。キレイだなぁ。べっぴんさんやなぁ。「やだ。今他の女の人見てたでしょ」と、勘の鋭い彼女は僕の鼻の下が1ミリでも伸びるとすかさずそれを察知。繋いでた手を振りほどく、尻をつねるという暴挙にでる。 しかしキレイな女ばっかり歩いてるからしょうがないやんけと思うのだけど、なぜ東京はこんなにキレイな人が多いのか、なぜ東京はこんなにキレイな人が多いのか、あ、あかん。二度言ってもうた。まぁキレイって言ってもみんな似たようなファッションで同じようなメイクしてるからそこに個性はないんだけれどもね。個性はないんだけれどもね、そこには美しさがある。没個性美! 美的同一化! んまぁ! 今擦れ違ったコもべっぴんさん! あらまた向こうからべっぴんさんがやって来る! うひょー。東京ってべっぴん天国じゃないかー! なんて興奮してばかりいては思春期の少年のそれと全く変わりないので、28歳の僕は、美人が多い理由を冷静に考えてみましたよ彼女と手を繋ぎながら。彼女も美人なんだけどね、怒ると人目をはばからずブーツで蹴りを入れたりするというバイオレンスな部分もあるので、戦々恐々しながら日々を送っているけど、街を往来する美人は全然暴力的じゃない。話したら暴力的だったりなんかバカっぽかったりするんだろうけど、どうせ擦れ違うだけだしね。見た目だけで生きてるようなものだからね。もし僕があなたを見たとする。僕はあなたを知らない。与えられた手段はただ一つ。見た目で判断する。要するに一生関わらないであろう他人に対しては「見た目だけでしか判断できない」逆に言うと、「見た目だけで生きている人たち」ということになる。ならない? なるっぽくない? あそ。 で、なぜ東京には美人が多いか。答えは簡単。簡単だったけど、それに気付かずに28年間も生きてきたし東京に住んで1年以上経とうとしているので、今まで一体僕は何を考えて美人を見てきたのだろう。何を思って美人じゃない人を見てきたのだろう。 要するに、東京は「美人が多い」のではなくて、ただ「人が多い」のである。 そんなの当然じゃないか馬鹿野郎。殺すぞぼけ。なんて町田康タッチになってしまったが、そんなことすら気付かなかった僕は、東京の、例えば新宿駅の人波に揉まれながら無意識的に美人を選出。あ、この人キレイ。あ、この人もキレイ。なんて考えている。美人ではない人は無意識的に選出されない。よって僕の意識上には美人しか存在しない。よって東京は美人が多いという安直な答えに収まっていたのである。 そんな重大な過ちに気付いた僕は、擦れ違う女性全てに好意を抱いてみようというどうでもいい実験を敢行。すると今まで見えなかったものが見えてくるようになった。それは具体的にいうと、美人、ちょっと美人、ちょっと美人じゃない人、美人じゃない人、オバサン、オバアサン、子供と、世の中には男と女の二種類しか存在しないはずだが、そのうちの一種類である女は様々なジャンルに分類されているということに気付く。 要するにこれは確立の問題であって、30人に1人の割合で美人が存在するとしたら、新宿駅では30人なんて10秒あれば擦れ違うことが可能だが、サハラ砂漠であれば10年歩かなければ擦れ違わないということ。だから決して東京に美人が多いということではなく、ただ人が多いってだけであって僕が他の女に目移りするのも、ここがサハラ砂漠じゃなくて東京だからという、怒り続ける彼女に対して必死の弁明。 |
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