2004年10月12日(火)  紫煙の向こう。
 
あっという間の3日間だった。今日は彼女が実家へ帰る日。午前10時。目覚ましが鳴っていた。鳴り響いていた。彼女はもう目覚めていた。目覚ましより大きな声で、「起きてー! 起きてったらー!」と連呼していた。うざかった。とてもうざかった。バリうざかったので聞こえない振りをして眠り続けていたのだけど、彼女はそのうち不機嫌になり、ベッドの上で四肢を駆使して暴れまわる、ぬいぐるみ、リモコン等を投げつける、僕の肩や腹に本気で噛みつくなどの無茶を始めたので、仕方なく身体を起こして、彼女を胸の部分に引き寄せて強く抱き、ヨシヨシ、イイコイイコ、モウオキルカラ、モウメガサメタと、ムツゴロウよろしく頭を撫でて彼女の鎮静を計り、それから大人しくなった頃を見計らって再び就寝。「もう帰る!」と、彼女が本気で怒り出してから、これはいけない。本気で怒り出した。と、ようやく僕も慌て始めて、オハヨウ。コンドハホンキデオキマシタ。ゴメンナサイ。エンキョリナノニネと、彼女に朝の挨拶と、朝のキス。軽く拒んだ彼女を再び抱き寄せ、ハラヘッタネ。ゴハンタベニイコウカ。と耳元で囁くと、「うんっ!」と元気な挨拶。
 
「私すっぴんなの。すっぴんでお出掛けなの」と、余程すっぴんに自信があるのか、しきりに同じ事を繰り返す彼女を連れて、彼女のお気に入りの近所のラーメン屋で味噌ラーメンを食べて、食べている間も「スッピン、キレイダヨ。スッピンデモ、ダイジョウブダヨ」と、彼女を誉めることを忘れない。彼女は辛いものが大好きなので、辛口のラーメンを汗ひとつ流さず完食。腹を満たして部屋へ戻り、帰宅の準備を始める彼女。「イイヨイイヨ。キョウモトマッテイインダヨ」と、彼女に申すと、「冗談じゃないわよ。明日から学校なんだから」と当然のことを言う。恋愛は恋愛、現実は現実。
 
池袋駅で、彼女はみどりの窓口で新幹線のチケットを購入すると言う。だったら僕は、ちょいと東口のカメラ屋でフィルムの現像を頼んでくると、別行動。彼女がみどりの窓口に入ったのを見届けてから、池袋パルコの方向へ走り、彼女に秘密のお買い物。15分後、何事もなかったように再会した二人は丸の内線に乗って東京駅へ。
 
別れの時が今迫る。連休最終日、人でごった返す東京駅。新幹線の出発まであと10分。僕たちの周囲には、やはり遠距離恋愛かと思われるカップルが1組。別れを惜しむアベックが1組。今さら頭がベッカムが1人。彼女は別れ間際に自分で持っていた土産袋を覗きこみ、頭をひねる。「何、これ」「コンドハ ナクサナイヨウニネ」彼女がみどりの窓口に向かってたとき、僕はフィルムの現像を出しに行ったのではなく、彼女にプレゼントを買いに行ったのだ。彼女は前回会った時、僕がプレゼントしたイヤリングを失くしてひどく悔やんでいた。僕と会う時は健気に片方だけイヤリングをつけていた。彼女のそういう行動が、いちいち愛惜しくさせるのだ。
 
「ツギハモウ カッテアゲナイヨ」
「ありがとう。本当にありがとう」
 
新幹線のドアが閉まる。僕はいつもこの電車のドアが閉まった瞬間に後悔する。もっと楽しませてあげたかった。もっといろんなところに連れて行きたかった。もっと手を繋いでいたかった。彼女は、わざわざ東京まで来て、僕といて、楽しかっただろうか。こんな朝の弱い僕といて、不満ばかり感じていたのではないだろうか。
 
新幹線のドアが閉まり、またしばらく直接会話することはできなくなって、新幹線が見えなくなるまで、笑顔と悲しい顔が混在した顔で、いつまでも手を振っていたということはなく、ドアが閉まった瞬間、小走りで駅の喫煙所まで向かった。彼女といるときは煙草が吸えない。今回3日間滞在していたので、3日振りの煙草。深く吸って吐きだした煙の向こうに彼女の怒った顔が浮かんでいた。
 

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