2004年10月05日(火)  悋気について。
 
僕は昔から嫉妬を感じない性向があり、彼女に対しても無関心。「好きだよ」という言葉に心はなく、ただの言語として発せらる。「昨日何してたの?」という言葉は相手の行動を検閲するためではなく、ただ何も伝えることがないから。「今日帰り遅くなるね」なんて言われると歓喜の嵐。僕は嫉妬から一番遠い場所で恋愛していると思っていた。
 
しかしこの歳になってこの喪失恐怖。なんだこれは、なぜ相手にこんなにも無関心になれないのだ。所有の同権性、人権の同化。格好悪いなぁ。僕は僕、彼女は彼女でいいじゃないか。彼女が何をしようが僕には関係ないはずじゃないのか。なかったのか。
 
というわけで、最近彼女に対する嫉妬心がなんだか抑制できないので、ここはひとつ冷静になって、冷やし中華でも冷しゃぶでも食って頭を冷やして、これは一体なんぞと考えてみることにします。
 
嫉妬なんていうものは、心に疑いを持っていると、暗闇の中に、ありもしない鬼の形を見たりするという、いわゆる疑心暗鬼の状態で、疑う心があると、何でもないことまで、恐ろしく思えたり、疑わしく思えたりするものですが、遠距離恋愛というものは相手が見えないので、声だけを頼りに暗闇の中で恋愛しているようなものだが、ここにインターネットという、離れていきそうな心を辛うじて繋げようとするものが存在して、これがあるから救われる。
 
インターネットを用いた遠距離恋愛なんて遠距離であって遠距離じゃないと思う。イヤホンマイクを使ったらほら彼女の声がこんなに近くに。ADSL万歳。メッセンジャー様様。このようなものがあるから相手がオンラインで話し掛けるとすぐに反応が返ってくる。反応が返ってこないと彼女はパソコンの前にいないということだから風呂に入ってるかご飯でも食べてるのでしょう。だから今のうちに僕も風呂に入って飯を食おう。笑顔で。彼女も僕と話しているときに見せるような笑顔でシャワーを浴びて食事を摂っているのだろうか。あぁ天使がいる。愛の神がいる。光の中に。光ファイバーの中に笑顔で僕たちを見守っている。彼女は「離れてても嫌いにならないでね」なんて言うけれど、僕たちはNTTやらマイラインやらプロバイダーによって、しっかりと繋がっているんだ。離れていても一人じゃない。
 
と、ここ数ヶ月、インターネットによって僕たちはしっかりと繋がっている。そこに一筋の光明まで存在するのだ。恋の勝利。愛の賛歌。来週彼女が僕の部屋にやって来る。電話回線ではなく、身体で繋り愛を囁く。
 

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