2004年08月29日(日)  聖書と排泄。
 
僕が住んでいる部屋は1K。約6畳のフローリングの室内にキッチンがついており、その他、ベッド、パソコン、テーブル、本棚、電子レンジ、衣装ケースその他諸々などを配置すると、行動範囲が畳1つ分のスペースもなく、部屋の真ん中に座っているだけで、ほとんどの日常における必要な行動が事足りてしまうという、善いのか悪いのかよくわからないことになっている。
 
トイレ。トイレも狭い。ユニットバスであるうちのトイレからは、なぜか都会の街並みが見渡せる。どういう部屋の仕組みになっているか、ちょっと説明が面倒臭いので省略するが、とにかくウンコしながらそこから見える窓からマンション5階からの街並みを見渡せるのだ。池袋のシャンシャインビルや、新宿の高層ビル群を眺めながら排泄するのはなかなか快感であり馬鹿らしくもある。
 
トイレの傍らには聖書が置いてある。キリスト教ではないのだが、多少なりとも文学を志す者にとって、聖書くらいは必要不可欠であろうと、どこからきた根拠かわからないが、とにかく聖書だけは読んどこうと思うわけで、それでもあまり興味がないので暇な時間ができてもなかなか読む気にはなれず、聖書を買ったはいいが、部屋の隅へ隅へ追いやられていき、長い月日を経て辿りついた場所がエルサレムではなくトイレだった。
 
その狭いトイレで排泄しながら聖書を読んで神への冒涜にビビりながら時々都会の喧騒を眺めてタバコを吸って灰皿がないので洗面所へ手を伸ばして水で消火して、それから歯を磨いてモンダミンでぐちゅぐちゅぺっとするこの過程は全て尻を出したまま行っているのであって、部屋も狭いがトイレも狭い。しかし僕はこのトイレのスペースだけで結構生きていけるんじゃないかと思ったりもする。
 

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