2004年08月03日(火)  看護と自分と対象と。
 
引越しの荷造り作業の時、過去に様々な人から貰った手紙がまとめてごっそりと出てきたので時間を忘れて過去の追憶に浸っていたらエンタの神様が始まったので中断したということは時間を忘れてはいなかったということ。
 
* * * * *
 
先生へ
おはようございます。
元気ですか? 私はかぜぎみです。ひいてます。
私は先生といると楽しいです。
私の誕生日プレゼント決まりましたか? なんでもいいです。
どうですか?
うれしいです。
まじょのじょうけんは、おもしろいです。ビデオを見たりします。
仕事一生懸がんばろうね。
コナンのビデオうたばんとんねるずのみなさんときおのなりゆきのビデオです。
コナン君のビデオが面白いです。
たのしいです。
じゃあバイバイ。ニックネームは、私のあだ名です。
そう読んで下さいね。
私の手紙を読んでね。なんかいも読んでね。
一緒にあそんでくれてありがとううれしかったよ。
先生も私に手紙を書いておくってね。
私に手紙をおくるときはふうとうにじゅうしょとなまえをかいてね。
ふうとうのうしろにのりをはってね。もちろん手紙を入れてね。
忘れずにね。
 
* * * * *
 
学生時代、知的障害者施設の実習に行っていたとき、最終日にある少女。といっても年齢は僕とたいして変わらなかったと思うけど、彼女はいつも僕にぴったりとひっついて手を強く握って片時も離れなかった。
 
僕たちの実習グループは女性5人、男1人のグループだったので、男性の実習生が珍しかったのかもしれないし、ただ僕が周囲に甘すぎたのかもしれない。
 
「ヨシミくんは甘いんだから」
 
前の職場でも今の職場でも言われることは同じ。患者さんに甘い僕は時々そうやって看護婦さん達に皮肉を言われる。でも、自分では、その、「甘い」だなんて思っていない。医療もサービスを求められる昨今、この「甘さ」こそが、何かのカギを握っているような気がする。
 
看護とは何ですか? と問われたとき、僕はいつも同じことを言う。
 
「簡単なことです。自分がしてもらいたいことを、相手にしてあげることです」
 
ただそれだけ。よって、自分に甘いから患者さんにも甘くなってしまうのかもしれないけど、自分に厳しいから対象にも厳しくするのは、医療という現場では間違っている価値観であって、僕はこの世界に入ってもう何年も、患者さんを自分に置換して接してきた。僕だったらこうやって欲しい僕だったらこう声を掛けてもらいたい。
 
私は先生といると楽しいです。
一緒にあそんでくれてありがとううれしかったよ。
 
僕だったらこうやって欲しかったから、僕だったらこう声を掛けてもらいたかったから。「ヨシミくんは甘いんだから」と後ろで嘲笑されながら、後ろで笑っている人たちの前で、僕は本当の笑顔を浮かべている。
 
この仕事を選んで、本当に良かったと思う。
 

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