2004年06月18日(金)  中休み。
 
「明日からしばらく梅雨の中休みが続くでしょう」て。中休みって言葉は、梅雨意外にも応用できるのかしらと天気予報を見ながら。
 
例えば恋愛の中休み。恋愛には中休みのようなものが存在すると思う。付き合い始めの情熱は、何年も何ヶ月も長続きするものではない。恋愛当初に抱く情熱というものは、「好き」という感情にプラスアルファされたものであって、その情熱を失ったとしても「好き」という気持ちには変わりがなかったりする。変化しないどころか「好き」という気持ちはより一層強くなったりする。
 
だけど往々にして恋人というものは、コーヒーの中にミルクや砂糖を混ぜながらカップに視線を落とし、情熱を失った僕に対して「最近冷たくなった」「あまり話をしてくれなくなった」と言う。例えば、僕は初対面の人に対して、かなり多弁になる。あることないことほぼ一方的に話し続ける。これは僕と相手との間に生じる沈黙への畏怖があるからであって、付き合いが長くなってくると、本来の自分、いわゆる寡黙で無表情、無感動の性格が出てきて、そこで僕はようやく気を休めることができるのである。
 
よって、僕が無口になったら、対象に対して逆に心を開いている状態なのである。例えばこの日記。あることないこと一方的に書いている。これはこの日記を読んでいる人達が初対面ではなく、まだ合ったこともない人達ばかりなので、ダラダラと内容のないことばかりを書いている。この日記を僕が知っている人達ばかりが見ていたら、僕は何も書かない。
 
本来の僕は、非常に無口でつまらない人間なのである。と、これは僕にも責任がある。この無口でつまらない人間と思われたくがないために、初対面の人に対して空元気を出してしまう。
 
思うに、僕の恋愛は、この冷たく思われた時に最初の危機を迎える。次の危機はイビキがうるさくて相手が耐えられなくなった時。最初の危機。これを乗り越えるのは容易なことではない。例えこれを乗りきれても冷酷かつ、イビキのうるさい男という、モテる要素が一つもない僕が待っているのだから。
 
しかし「愛してる」という気持ち。胸の中でいくら大切に抱いていても、口に出して言わなければ恋愛において、全く効力をなさないものだと思う。相思相愛なんて、便宜上使われるようになった言葉だと思う。
 
恋愛の中休み。暑い雲が去ったらきっと暑い夏がやってくると信じて。暑い夏という比喩表現が恥ずかしいほど格好悪い。
 

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