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| 2004年06月08日(火) 福神漬けの女神。 |
| 僕は、職場で職員にすれ違うとき、気持ち悪いくらいの笑顔で会釈を交わす。それにはちゃんと理由があって、今日はそのことについて話します。 職場の昼食のメニューは患者さんと同じものなので、今日のようにカレーの日だと、ちょっぴり憂鬱。だって病院のカレーって給食のカレーみたいで全然辛くないんだもん。 で、福神漬け。職場の食堂は、自分で飯をよそって汁を入れてサラダにドレッシングかけてと、全てセルフサービス。カレーの日は福神漬けが銀色のボールにてんこ盛りに入っており、皆それを小さな皿に入れる。もしくはカレーの端に入れるなどするのだが、今日の僕は残り番といって、他の看護婦さんより休憩が1時間遅れるのであって、そういう日に食堂に行くと銀色のボールに入っている福神漬けが空っぽになっているのである。 その原因は明確で、病院食のカレーは給食のカレーの如く、とてもマイルドな味に仕上げてあるので、日々刺激を求める健常人は、福神漬けによって病院食との違いを計るのであり、みな我先にとわんさか福神漬けをカレーに入れる。皆が自分の欲求に忠実になるものだから、残り番で他の人より1時間遅れて食事を摂る人はその弊害を被ることになる。 福神漬けなしで、こんな味気ないカレーなんて食べれなーい。と、食堂の端で肩を落としショボーンと座っていた。涙でカレーがにじんで見えた。脳が福神漬けを希求していた。スプーンを手に取る気にすらならなかった。 いつの間にか、どこかの病棟のヘルパーさんが僕の前に立っていた。そして笑顔でこう言った。 「これ、私が家から持ってきた福神漬けですけど、残っちゃったので食べませんか?」 た、食べるー! その時、地下食堂内が一瞬にして幸福の光で満たされた。このヘルパーさんは女神ではないだろうか。初対面の人間に福神漬けを食べませんかなんてそう言えるものではない。慈悲に溢れ過ぎている。そのヘルパーさんはタッパーに入った福神漬けを僕のカレーの皿に移してくれて、「どうもありがとう。残ったまま持って帰るの面倒臭いのよね。捨てるわけにもいかないし」と、笑顔で言って食堂を出ていった。病院仕様福神漬けではなく、一般家庭仕様の福神漬けを食べた僕はその日の午後、いつもより気力に溢れているように思った。 あのヘルパーさんにお礼を言わねば。しかしこの馬鹿でかい病院。職員の数も膨大で何人いるのかわからない。よってあの時、あまりの嬉しさに福神漬けばかりに目を奪われてヘルパーさんの顔をちっとも覚えていない僕は、福神漬けの女神とすれ違っても、何ら感謝の念を示さず素通りするかもしれない。すると福神漬けの女神は、私はあの時あの人に福神漬けを与えてやったのに挨拶すら交わしてくれないわ。冷酷な人ね。自分の欲求が満たされればそれでいいとでも思っているのだわ。と、僕を酷評するかもしれず、それだけは避けなければいけない。 よって僕は職場で職員の人とすれ違う度に、みな福神漬けの女神だと思って気持ち悪いくらいの笑顔で会釈を交わすのである。 |
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