2004年04月13日(火)  ヒマワリ。
 
夜勤の為、一両当たり二・三人しか乗っていない電車に座っていたら、とある駅で年の頃五・六歳の少女が乗ってきて、僕の真横にぴょこたんと座った。
 
何も僕の真横に座らなくとも、この閑散とした電車内に自分のスペースを確保できる座席はいくらでもあるので、そちらに座ればいいものの、その少女は僕の真横にちょこんとたたずみ、控え目だけど意味を込めた視線を僕に投げ掛ける。その時僕は小説を読んでいて、僕は映画を見ている時や文章を読んでいる時に横槍を入れられると非常に腹が立つのだが、現在僕が読んでいたところは読んでも読まなくてもいいような小説の「あとがき」の部分であって、それじゃあなぜ読んでいるかというと、強迫観念もしくは完璧主義の成せる業であり、最後まで読まなければ気が済まないという僕の読書における性質であるのだが、映画のスタッフスクロールは最近見なくなった。昔は見ていた。昔の僕は今よりも病的だった。
 
そして少女。フリルのついた赤いスカートを履き、床に着かない足を前方に投げ出してぶらぶらしている。傍らに少女の躯ほどの大きな黄色いバッグがあり、丸められた画用紙が突き出ている。
 
少女はあまりにも僕の顔を見上げるので、僕は小説を閉じ、ん? と含み笑顔を込めながら少女を見た。少女は待ってましたといわんばかりの表情を浮かべ、それから恥ずかしそうにうつむき足をバタバタさせた。うつむいた少女の視線の先には、丸められた画用紙があった。僕は再び少女に笑いかけ、ん? と今度は画用紙の方を見た。
 
乗っていた準急電車が駅に停まる。僕はこの駅で普通電車に乗り換えなければいけない。隣にぴたりと座っている少女は乗り換える気配を見せない。僕が笑いかけ、少女が笑い返す無言のコミュニケーションをしているうちに、準急電車の扉が閉まる。まだ仕事には時間がある。僕は諦めの笑顔を少女に見えないように浮かべ、職場がない駅に向かう電車に乗りながら大きく伸びをした。
 
その時少女はもう画用紙に左手を掛けていた。少女は、この画用紙を、僕に見せようとしている。少女の運動靴は履き潰されていて、靴の横の部分の糸がほころんでいた。左足の靴紐はほどけたままだった。ほどけた靴紐が少女の足の動きに合わせて忙しく動いていた。先程、停まった駅で乗ってきた老婦人が時々僕たちを見ていた。少女は、妹にしては離れていたし、子供にしては年齢が近すぎた。妹でも子供でもない女性と、身を寄せ合い電車に座る。僕たちは電車内の、閑散とした午後の車両の中の、限られた時間の、言葉がなくても理解できる、恋人だった。
 
少女が、そっと画用紙を広げる。画用紙いっぱいの大きなヒマワリ。電車の窓から暖かい日差しが入ってくる。前歯が欠けた少女は、そのヒマワリに負けないくらい大きな笑顔を見せた。電車が次の駅に停まる。僕は少女のように座ったまま足を上下に動かし、微笑んだ。
 
夏が近付いていた。少女は僕の手をそっと触れてから、走って電車を出て行き、ドアが閉まってから大きく手を振った。
 

-->
翌日 / 目次 / 先日