2004年03月21日(日)  百六十。
 
この1ヶ月、どのくらい写真をとっていたかというと、彼女にもカメラを渡していたので、それも合わせて数えて驚愕160枚。いつも手元にロモを持って、東京の街並みを、彼女の表情を、彼女と僕の日常をカメラに収めていたのは理由があって。
 
というのも僕の彼女。9歳下の僕の恋人は、本日、実家に帰ってしまうからであって、暫くは会えない。会えないと悲しい。本屋に行くと小便したくなるように悲しくなると涙が出てくる。離別の苦悩が与えるストレスは多大なものであると心理学者がいっていた通り、このストレスを耐えられるだろうか。いや耐えられないだろうと自問自答。ではどうすればいいか。僕どうすればいいか。と考えた末、写真を撮ろう。と。会えない間はアルバム見て我慢しよう。
 
そしてこの1ヶ月。どこへ行くにもカメラを連れて。彼女と一緒に見たもの感じたものをカメラに収めて別れの時が今迫る。池袋パルコ内のフランフランでアルバムを購入。部屋へ戻り愕然。全然足りない。写真が入りきらない。と翌日仕事帰り、東急ハンズで一回り大きなアルバムを2冊、スペアのページを10枚購入。意気揚揚と自宅へ帰り、現在午前3時。
 
一枚一枚に重大な意味と物語がこもったこの写真に、一つ一つ、コメントやセリフをつけていく。1つのアルバムが物語になるように。絵本になるように。その写真を撮ったときに話してたこと考えてたことを思い出して。彼女と一緒に行った遊園地のチケットなども挟んで。世界に一つのアルバムは、僕の努力と涙と共に完成されて。
 
最後の夜。東京駅。丸ビルのレストランで手書きの手紙と共にアルバムを渡す。1ページ開いただけで涙を流す彼女。「こんなの見れないよ」と、すぐにページを閉じ、僕の手を握る。「一人になってから見るね」彼女の薬指と僕の薬指にお揃いのリング。別れの時が今迫る。「駅を出るこの夜行バスは、僕の恋人をどこに連れていくんだろう」呟く僕の手をぎゅっと握る彼女。
 
そしてアルバムを胸に抱き、バスに乗った彼女を、再び一人になった僕は、そのバスが見えなくなるまで彼女を見送った。また一人になった。次はいつ会えるのだろう。160枚の写真を眺めて、過去にすがる日々がまた始まろうとしていた。
 

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