2004年02月28日(土)  なんかフォルダに入ってたやつ。
人間的とは一言でいうと機械的ではないということであるが、対義語だけでは説明できないほと人間的という言葉の意味は広い。例えば小さな白い花を見て、それを小さいと捉えるか、白いと捉えるか、綺麗だと捉えるか個人によって感じ方に差ができてしまう。このように個人差があるということも人間的だということができる。
 
先日、妻の承諾を得て首を絞め殺害したとして承諾殺人罪の罪に問われた77歳の老人男性の判決公判が行われたが、充分な手だてを尽くさず、人の命を奪った責任は重いが、妻とともに自殺しようとした経緯には同情すべき点があるとして懲役2年が言い渡された。
 
このニュースを見てとても人間的だと思った。もし裁判というものが機械的だったらどうなるのだろうか。おそらく殺害という犯罪は種類を問わず死刑となるだろう。しかしこの場合、裁判官は「同情すべき点がある」と人間の心に基づいた見解を述べている。裁判が機械的ではないところはこの情状酌量という言葉によって理解することができる。
 
通り魔などの衝動的な無差別殺人は人の命を軽率した機械的な犯行といえる。しかしこの承諾殺人の事件の場合、被告が知らないうちに妻が約600万円の借金をしており、妻本人「殺して」と求めるようになり、被告は妻を殺し自分も死のうと考えて犯行に及んだという経緯があり、葛藤、苦悩、悲哀など実に人間的な感情が渦巻く犯行で事件全体が人間的であったともいえる。
 
これら一連の経緯には決して機械では理解することのできない意味が込められていると思う。小さな白い花を見て小さいと捉えるか、白いと捉えるか、綺麗だと捉えるか、また冷酷だと捉えるか。個人によって感じ方に差があり、多種多様な意味を見出せることが人間的ということではないだろうか。
 

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