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| 2004年02月09日(月) 牛めし消えて豚めし現れて。 |
| 「牛丼屋に牛丼がないってぇのはどういうことだ」なんて当然の理由を声を大にし、顔面を紅潮させ、吉野屋の店内で暴れた37歳くらいの酔っ払いが逮捕されたとニュースが2日ほど経つと流れると思いますが(これは2月9日の日記ですが、2月12日に書いています)、どこの店も牛丼の代わりにカレーや鶏肉や豚肉を調理し、それを白米を乗せるという苦肉の策を強いられているわけでありますが、僕の主食といっても過言ではない松屋の牛めしも販売を中止し、豚めしなるものの販売が始まり、値段こそ変わらないものの味はどうなんだと、仕事帰り、駅前の松屋のドアを開けたのでした。 仕事帰りに毎日松屋に寄って食事を済ませるというのは、なにも僕が病的な強迫観念に捕らわれているわけではなく、ただ単に「食事」という概念を軽視しているだけで、ただ「食事を摂った」という形さえあれば僕の胃腸は満足するのであって、形式上というか儀式みたいな感じで、オーダーするとたちまち出来上がった牛めしが運ばれてくるのは、実に僕の精神的なニーズを満たしてくれるのであって、ただ食えたらなんでもいい、290円で味噌汁もついてくるしね、これはファーストフードではなく、立派な食事ではないか、などと自分と松屋を励ましつつ牛めしを、時々カレーライスなんて食べちゃったりして、日々の食生活を遣り過ごしていたのであるが、この牛めしの販売を中止するという。 だけど僕は牛めしが食いたいが為に松屋に寄っているのではなく、ただ胃腸を充満させ、翌朝の快便を導き、生命の機能を持続させるために牛めしを食べていたのであって、牛めしなくても何とも思わない。「牛丼屋に牛丼が売ってない」という致命的なジレンマを感じても別段暴れようとも思わない。で、豚めし。見た目は牛めしと大して変わりがない。そもそも今まで毎食のように食べていた牛めしを仔細に眺めていたわけじゃないので、変わりはあるのかもしれないが、その変更点が牛肉から豚肉になったという「認識」がある程度で、見た目は、全く変わらないような気がした。 しかし、一口頬張った瞬間! そう、問題は味覚なのであって、いくら見た目は一緒でも食堂という看板を掲げている以上、味覚が重要な問題なのであって! 牛めしと豚めしの決定的な違いが! 何一つない。豚肉を使っている感じさえしない。そもそも今まで毎食のように食べていた牛めしを仔細に味わっていたわけじゃないので、変わりはあるのかもしれないが、その変更点が牛肉から豚肉になったという「認識」がある程度で、その味でさえ、全く変わらないような気がした。 要するに、狂牛病が流行ろうが、牛丼がこの世から消えようが、豚めしが今後の丼業界のシェアを占めようが、僕にはあまり関係のないことなのでした。 |
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