2004年01月25日(日)  広告コピーの怪。
  
最近、広告のコピーに興味があって、というのも電車に乗ると否が応でも様々な広告が目に入るので、いったい僕はどういう基準で広告を見ているのだろう。目の前に貼ってあるから? それともいくつもある広告を目で追って何かを選択してるから? と考えた場合、広告のコピーに惹かれて見ているんだということに気付いた。
 
「しなるから、折れない。自分の価値観を信じている。ありのままの私」
 
これはとある煙草の広告のコピーである。一見煙草と何ら関係のないような気がする。しかしよく考えてみるとやはり関係がない。関係ないけど、なんとなく、あぁいいかもね。と思わせる。
 
しかし「自分の価値観を信じている。ありのままの私」の下に小さな文字で「喫煙マナーを守りましょう」と注意書きがしてある。自分の価値観を信じて、ありのままに行動するのは構わないけど、喫煙マナーぐらいは守ってほしいわねということだろうか。自分の価値観を過信することを戒めているように思わせる。なんだか深い。
 
「私たちは、もう次の日本に住み始めている」
 
とある不動産の広告コピー。僕もあなたも知らないうちに私たちは次の日本に住み始めているらしい。大変なことである。「次の日本」という定義を一刻も早く理解したい気分でいっぱいになる。家とか買ってる場合ではない。「前の日本」は一体どこで終わってしまったんだ。
 
しかもこのコピーは「住み始めている」で終わっていて、だからこういう風にしなければいけないなどの具体的な対策が銘記されていない。投げっぱなしである。無責任な行動は相手に不安を与える。僕は新しい日本でどのように暮らしていけばいいのか。狭いアパートの一室で一抹の不安を抱えながら生きていかなければいけないのか。この広告の不動産に問い合わせたら笑みを浮かべながら一言で答えるかもね。「うちが紹介する家を買いなさい」って。
 
「英会話というからにはイギリス英語じゃないのかな」
 
疑問系である。せっかく広告を見てやってるのに疑問系である。困った。どうしよう。僕もわかんない。だけど中華料理というからには中国料理だもんな。だから英会話もイギリス英語なのかもしれないね。イギリス英語だよきっと。ね、キミの言う通りだよ。間違いないよ。って広告を慰めている僕がいる。
 

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