2004年01月09日(金)  アジアの香り。
 
「今夜うちに友達が来るの」
 
それは結構なことです。僕はビールを飲みながらいつものように突然来訪した隣の留学生の女の子の話を聞いていた。バイトから帰ってきたばかりで、頬や鼻の頭がうっすらと紅くなっている。僕は今日一回も外に出てないので、どのくらい寒いのかわからないけど、彼女が僕の部屋に入るなりハロゲンヒーターに食いつくように当たっているのは、外はかなり冷えているのだろう。
 
「でね、ちょっと預かって欲しいものがあって」
 
友達が来るから預かってほしいもの? 友達に見られるとまずいものかしら。少しドキドキ。いらぬ期待。
 
「預かっててくれる?」
 
はい。預かりましょう。秘密を共有するということはお互いの信頼関係を築く上で非常に大切な要素なんです。預かりましょう。持ってきなさい。
 
「ありがとう。ちょっと待っててね」
 
ソファーに座り直し、煙草に火をつけ彼女を待ち続ける。5分後に現れた彼女は左手に小さなタッパー。右手に大きなビニール袋を持っていた。タッパーにもビニール袋にも真っ赤な物質が入っている。動物! 死んだ動物が血みどろになって入っている! 猫? 猫なのこれ? 子猫? 子猫ちゃん?
 
「キムチです」
 
あぁ、キムチか。びっくりした。しかしなぜビニール袋いっぱいにキムチが入ってるんだ。
 
「国から送られてきたのです」
 
ほぅ。中国のキムチですか。美味そうだなぁ。しかしこれをどうして僕の部屋に預けるのですか。
 
「今日、中国の友達がうちにいっぱい来るんです。私キムチ大好物だから食べられちゃったらいやだなぁって思って」
 
なるほどね。好きな物を独占したいという気持ちは誰だって持っている。キミを責める人なんて誰もいないよ。わかった。うちに置いてっていいよ。だけどそのタッパーのキムチ、ちょっと食べていい?
 
「いいですよ。そのためにタッパーに入れてきたんですから」
 
優しいなぁ。往々にして女性は優しいなぁ。最近、女性の優しさに触れる機会が多くなりました。ありがとう。いただきます。
 
彼女はビニール袋いっぱいに入ったキムチを冷蔵庫に押し込み、部屋を出ていった。彼女の残り香はかすかに冬の匂いがした。なんてことはなくアジアの臭いがした。アジア! キムチ! キムチ臭い! この部屋一瞬でキムチ臭くなっちゃった! 強烈だなぁしかし。味はどうなんだろうなぁ。
 
ご飯を炊くのが面倒臭いので、親からダンボール一杯送られてきた電子レンジでチンして食べるご飯を暖めて、早速試食。くっさ! からっ! くっさ! からっ! くさからっ! 口腔内を強烈な刺激が襲う。僕は何も悪いことはしていない。ただ、白菜を、3センチくらいの真っ赤になった白菜をご飯の上に乗せて、そうだ、トイレットペーパーが切れてたっけ。買いにいかなきゃ。そうそう。クリーニングにあのジャケット取りにいかなきや。だけど今は、こうご飯の上にキムチを乗せて、それを頬張っただけなのに。なのだけに。
 
アジアの香りに包まれた部屋で一人仰け反る日本人。
 

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