2003年12月21日(日)  ここだけの話。
  
僕は「ここだけの話」をよく耳にする。とあるグループと僕が同じ部屋にいる。そのグループはまるで僕がいないかのように「ここだけの話」を話し出す。
 
ナースステーションは「ここだけの話」の宝庫である。看護婦さんというものは1割が看護の心で2割が休日の予定、残りの7割が噂話でできている。
 
看護学校の頃もそうだったけど、女性の周りには、その線引きがひどく曖昧なグループが発生する。例えばAさんとBさんとCさんのグループがあって、CさんはDさんと仲が良いけど、DさんはAさんと仲が悪い。CさんはDさんとEさんのグループにも同時に所属していて、そのグループのEさんは実はAさんと仲が良かったりする。
 
男性からは理解できないそういうグループは病院の世界にも存在する。人は3人集まれば政治が生まれるというけれど、看護婦さんは6人集まれば派閥が生まれる。
 
そのグループ内で行われる「ここだけの話」は、その相手グループの人間の被害中傷的なものばかりで、看護婦さんたちはそれを肴にしてお菓子を美味しそうに食べているけれど、僕はそんな話を聞きながら菓子なんて食えない。
 
そして僕は「ここだけの話」を耳にする。そういう類の話はグループ外の人間が聞いていたら都合の悪い内容のものばかりだけど、僕の耳に入っても問題ないらしい。答えは簡単である。僕がそういう話に無関心だからだ。僕が誰かに告げ口することもないし、大きくなっているであろう話を更に大きくすることもない。
 
だから僕がいても何も気にしないで「ここだけの話」に花を咲かせることができる。僕はあらゆるグループのその花を見ているので、僕の中には決して日の光を浴びることがない花がいっぱい咲いている。
 
このことは決して悪いことではない。この無関心なことが相手の心を開かせる鍵を握っていると思う。決してそのことを第三者に言うことがないから人は僕に悩みを相談する。「王様の耳はロバの耳!」と叫ぶ井戸のような役割をしているのだ。他人に対して無関心だからこそできる相手は胸の内を見せてくれる。
 
今日も僕は「ここだけの話」を耳にしながら、話を振られた時だけ適当に相槌を打ったり、好い加減な笑顔を作ったりしている。
 

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