2003年12月20日(土)  居眠りするかな。
 
そういえば中学生まで授業中に居眠りをすることなんてなかったなぁ。
 
夜勤の深夜、一人ナースステーションでぼんやりとカルテ棚を見ながらそう思っていた。居眠り。たしかに中学生までは居眠りなんてしなかったように思える。小学生の頃なんて居眠りの概念さえ知らなかったかもしれない。
 
中学生になり、居眠りの意味を理解できるようになったけど、別に授業中眠くならなかったし、眠ろうとも思わなかった。中学生の頃に感じてた居眠りはタバコや万引きのように、一部の人たちが行う悪いことのようなイメージがあった。だからタバコを吸おうと思わないし、物を盗ろうとも思わないことと同じく、授業中に眠ろうとも思わなかった。
 
高校生になり、それは耐え難い衝動として授業中、睡魔に襲われることになった。中学生の頃のように善悪の区別など関係なく、必然的に眠るようになった。あれはいったいどういうことなんだろう?
 
看護学校に進学し、それは顕著になった。講義中、ほとんど毎時間眠っていた。そのうち、学校に行ってもただ眠るだけだからあまり意味がないと感じだし、昼まで自分の部屋で眠るようになった。そして午後から出校し、やはり眠り続けた。
 
なぜ小中学生の頃の居眠りは日常の外に位置されていたのに、高校生になってからそれは日常茶飯事になったのだろう。
 
多分、意味のないことが増えたからだと思う。僕はプログラマーになりたくて情報処理系の高校に入学したんだけど、蓋を開けてみれば情報処理は「商業」というカテゴリーでくくられていた。だから商業経済や簿記なども学ばなければいけない。一日中パソコンの前でプログラムを作るというわけにはいかないようだ。だけど商業には関心がない。関心がない授業の為に机に座り1時間弱拘束される。つまらない。眠くなる。寝る。
 
プログラマーは目が疲れるし、なんだか細かい作業が多いので、人を相手にする職業に就こうと看護学校へ進学したんだけど、蓋を開けてみれば学ぶものは看護だけではなく、微生物や統計学や、果てには「看護英語」など訳のわからないものばかり。無選別に眠る。看護なんてのは看護する人の人間性の問題だ。教科書なんて参考にもならない。
 
で、今の生活はというと?
 
ん? お、おい。眠ってるの?


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