2003年12月19日(金)  友達になれない人たち。
 
あーこの人友達になれないなぁ。と思う人がいる。そういう人のちょっとした行動でその予感は表面化される。
 
「カップラーメンの蓋を最後まで剥がさないで食べる人」
 
理解不能です。よくもまぁのうのうと麺をすすってられるなぁ。気にならないのかしら。あと少し力を入れれば蓋は剥がれるというのに。目の前にカップラーメンの蓋がくるりと不細工に曲げられた姿を見ながらその人は平然と麺をすすり続けるのです。「いっそのこと剥いでしまえ!」と僕は思うのです。僕が友達になれないと思う人は、この「いっそのこと」の思い切りが足りないような気がします。
 
「携帯画面のビニールカバーをいつまでも付けている人」
 
これも「いっそのこと」が足りないのです。ビニールカバーがボロボロになるまで、いや、ボロボロになった後も頑なに付けている。
 
あのビニールは携帯画面をカバーする為につけているとしよう。あのビニールがある限り携帯画面には傷は付かない。しかしビニールには傷は付く。端の方から剥がれていき、ボロボロになっていく。必然的に画面も見辛くなる。しかし画面自体は傷一つなく綺麗。しかし携帯を使用する本人の目から見た画面は傷だらけで汚い。こういう種類の人たちはこのジレンマをどのように解釈しているというのか。一体誰の為のビニールカバーなのか。
 
以前、酔った勢いで後輩のビニールカバーを剥いでしまったらマジ切れされてしまった。後輩のくせに。携帯のビニールカバーをいつまでも付けている人は、それを第三者から剥奪されてしまったら必ずマジ切れする。同種に、新車の座席のビニールカバーをいつまでも外さない人がいる。
 
「ペットボトルの蓋をしっかりと閉めないで冷蔵庫に入れる人」
 
これは僕です。こんなちっぽけなことをを嫌う人に心なんて開きたくありません。昔付き合ってた彼女がそうでした。うちの冷蔵庫を開くたびに「もー! ちゃんと蓋締めてよね!」とヒステリックに怒るのです。僕のうちの冷蔵庫の僕のジュースなのに。その彼女はペットボトルの蓋は締めなければすぐ怒るくせに、ベッドに入ると下のお口が全く締まらなかったので別れてしまいました。
 
「他人のカラオケのサビの部分だけ歌う人」
 
許すまじ行為です。人が気持ちよく歌ってるというのに、それに便乗しようとサビの部分だけさも自分がマイクを持って歌ってるかのように振る舞うその態度。その無自覚さ。呆れて友達にもなれません。そういう人はなぜかマイクを持って正規にその歌をうたう権利がある人より大きな声でサビを歌おうとします。
 
「綿棒を右耳に入れた部分をそのまま左耳にも入れる」
 
その無神経さに天を仰ぎます。無自覚馬鹿です。悲しくて友達にもなれません。清潔の概念を子供の頃から徹底的に教育すべきだったのです。もう遅いのです。彼は気付かない。渇いたときにもう水はないのです。
 
「福田官房長官」
 
あの人を食ったような物言いが、僕との間に高くて厚い壁を作ります。
 

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