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| 2003年08月30日(土) 旋律ライティング。 |
| 今の仕事は3ヶ月契約なので残り1ヶ月。そろそろ臨床現場に復帰する準備をしなければいけないなぁと考えつつ、自らの可能性を確かめてみたいという気持ちもあり、ライターとしての活動もひっそりと始めていたが、それが漸く実を結び出し、現在2・3の仕事を任されるようになった。 妹は僕が書いたコラムが雑誌に載る度にそれを写メールして感想と一緒に送ってくる。僕は雑誌に1度掲載されたコラムは読み返さないようにしている。自分が書いたものを読み返してみて感じるものは後悔だけだ。いつも、あぁこの部分こう書けばよかったと悔やんでしまう。だから今はもう全く読まない。何について書いたかも妹に訊ねるまで思いだせない。 報酬をもらってモノを書くということは、プロという意識を持ってやはりそれなりの知識や責任が必要で、こうやって毎日毎日、思いつきの好い加減な日記を書くこととは比にならないくらい大変な作業だが、しかしこうやって日記を書いていなければこういう仕事をすることはなかったわけだし、継続は力なりということで、文章を書いて全然楽しくないときも、いつかはそれが実になる日がくるという、努力を非常に嫌悪している僕も結果的には努力をしていたということになる。無自覚な努力。 3年間、毎日日記を書くことは非常な労力が必要だと思われるが、実際そんなことはなく、僕はそれを苦に思ったことは1度もない。いや6回くらいは思ったことがあるかもしれないけれど、それでも3年分の6回。微々たるものである。1年に換算するとたった2回である。 それが苦にならない理由は、僕はこれまでに何度も書いていることだけど、昔から強迫神経症の性質を持っていて、それには完璧主義というファクターが存在して、それによって「日記は毎日書かなければ日記にあらず」という揺らがざる原則があり、もし1日でも日記を書かなければ(日記を「書かない」と「書くことを諦める」には大きな違いがあるのだが)、それで終わってしまうのである。全てが。そうなった時、僕はいとも簡単にこの『好色一代男』を投げ出してしまうだろう。あぁ、あの頃は毎日書いてたね。なんて人事のように想起するだろう。 今は深夜遅くまで原稿を書いている。そして週に2、3回、大学のスクーリングに行ってあとは仕事に行きお客様に頭を下げている。純粋な休日など1日もなく、1日家にいるときは原稿のことばかり考えて、日が暮れる頃に漸くインスピレーションが刺激され、朝方までパソコンに向かい、コーヒーを煎れてカロリーメイトを食べてあくびをしながら満員電車に乗る。 多分、今が独身生活のうちで一番楽しかった頃として思い出される日々なんだろう。往々に思い出というものは、苦労というものが丸くなり、喜悦というものが強調され、悲哀は悲劇となり、情熱というものがより熱く感じるものだと思う。 |
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