2003年08月10日(日)  韋駄天の玄。尊厳ファンタジスタ。
私も歳を取ってしまった。二年前の夏、バスに乗ろうとしたときに足を踏み外してしまい、その時に左足を折った。四丁目の医者は大腿部頚部骨折だと言って、私の足の中に人工骨頭という得体の知れないものを入れた。この医者の父親も医者だったが、彼は人の意見を親身になって聞いてくれた。いかにも町医者らしい医者だった。しかし彼のせがれはどうもいけない。腰が痛むと言っても湿布を渡すだけ、食欲がないと訴えると点滴をするだけ、骨が折れたら得体の知れぬ物体を入れる。
 
彼は「これでリハビリを続ければ元通りに歩けますよ」と言っていたが、あれから二年経った今のこの体たらくを見るがいい。朝五時に目が覚めて、息子の嫁が目覚める七時までずっと天井を見上げていなければならない。二時間、自ら起き上がることもできず、延々と天井を見上げる辛さが諸君に理解できるだろうか。
 
車椅子。私はどうもこれに馴染むことができない。時々嫁に車椅子に乗せてもらって(ベッドから車椅子に移動するのに三十分もかかるのだ!)近所の第三公園に連れ出してくれるが、私はそれが辛い。ほんの数年前、そう、テレビではシドニーオリンピックが流れていた。若い者達の鍛え抜かれた体からにじみ出る生命力のようなものに魅了され、一日に何度もこの桜並木を散歩したものだ。若い頃、軍隊では「韋駄天(いだてん)の玄」と呼ばれていた。軍隊一脚力が強靭で、そのお陰で支那(シナ)の戦地からも逃げ出すことができたのだ。
 
しかし今はどうだ。たった三歩移動するだけでも人の手を借りなければいけない。悪戦苦闘し、漸く車椅子に乗って陽の光を拝むことができても、公園を歩く人々は車椅子の私を見て、珍しいものでも見るように私を凝視するか、見てはまずいものに出会ったように気まずく目を逸らすかのどちらかだ。凝視するか目を逸らすか。私をただの通行人として誰も見てくれない。私はそれが辛くてたまらない。
 
尊厳という言葉について考える。まだこのような難解な言葉を考えられるうちは私はまだボケてはいないだろう。いや、このような抽象的なことばかり考えるようになることが痴呆への前兆かもしれない。まあよい。誰しもいずれ浮世の辛苦を忘却し、自ら創造した世界の中へ没頭していくのだ。人は生命をまっとうし、あの世という創造の世界に旅立っていく。痴呆は、それが生きているうちに行くか死んでから行くか程度の差でしかない。
 
尊厳とは何だろう。息子の嫁は地域でボランティア活動を行っている。昨日、食卓にあったボランティアの広報誌に「高齢者に尊厳を持った態度で接しましょう」と書いてあった。今年で七八歳になる私も高齢者という範疇に勿論入るのだが、この尊厳とは何なのだろうとずっと考えている。この言葉はいわゆる「高齢者」に対して限られた言葉なんだろうか。嫁には悪いが、私は昔から疑い深く、こういう言葉を聞くとまず胡散臭さを感じてしまう。
 
尊厳とは、何だろう。昨日から私の頭の中はずっとそのことばかり考えている。一つの物事に執着してしまうのはボケの兆候だ、とまた人は言うかもしれない。しかしこのように行動を制限され、糖尿病で食事まで制限され、生きていく希望さえも徐々に制限されていく中、一つの物事につい執着してしまうのもしょうがないことだと思う。私は、「尊厳」されているのだろうか。
 
時計を見ると午後三時。今日はまだ朝食さえ摂っていない。本当に摂っていないのか、老人が誰しも恐れるあの兆候なのか、わからない。わからない。尊厳について考える。またそれもわからない。

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