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| 2003年08月11日(月) 男の生理。 |
| 女性は生理という身体的な変化及び苦悩が定期的に訪れるが、男性はそれに相応する定期的な苦悩、若しくは苦痛のようなものが存在するだろうかと考えた満員電車の中で身動きできないから。実は男性は、えっと、こういうの書いていいのかな。今から書くことは、世の中の男性は女性に対して絶対口を開かない種類の話です。男は皆、その男性特有の秘密を、宝物のテディベアを抱く少女のようにひっそりと抱えて、異性の前ではだんまりを決め込んで、同性の友達と酒を飲むなどの折、その秘密を互いに打ち明けるそんなお話です。 **** 女性は生理前になると多少の精神的な変調が訪れるそうだが、男性も其れに思い煩ってしまうと多少の精神的変調が生じる。ある人は酒に走り酩酊し我を失い、ある人は止め処無い喫煙で身体を壊し、私の場合は灯りを消した部屋の隅で何時間も体育座りをしている。 その周期は女性の生理のようにある程度定期的に訪れるわけではなく、生理不順という言葉があるが、男性の其れもまさに不順であり、二週間間隔で訪れたり、酷いときは其れが何週間も何ヶ月も続く場合がある。私はどちらかというとその周期は規則的な方で、其の精神的変調の嵐が過ぎ去ってしまうと、歯科治療直後の強気且つ勝気な童子のように何事もなかった顔して時々鼻をほじりながら滞り無い日常に戻っていくのである。 私の友人などはその病とも呪縛ともとれぬ奇妙な感覚に長期間患ってしまい、始めは居酒屋で酒を飲むなどの折、「己(おれ)はこれからどうしたらいいんだ」と嘆きながら焼酎のグラスの底に入っていた梅干を取り出し、麦酒が入ったジョッキの中に入れる。焼き鳥のネギ間のネギの部分だけを食う。「今夜の勘定は己が払うよ」と言って会計の前でちとも財布を開こうとしないという小さな奇行を繰り返していたが、それが悲劇への序章だとしたら、その変化に気付かなかった私が悪かったのかもしれない。 それから三日程立った申の刻下がり、遂に彼は錯乱せしめる。椿油で毛髪を撫で、燕尾服をまとい、自宅の柱を切断し作成したぞんざいな形状の巨大な十字架を抱え、奇声・罵声を発しながら桜散って間もない吾妻橋の上から飛び降り、大尺玉を思わせる水しぶきを暫く上げ続けた挙句溺死す。享年二九歳。隅田川に哀しく浮遊する彼は来月七月二日に三十路を迎えるはずであった。このように男性特有の精神的変調は時に死へと落としめる場合もあり、ことに卯月に多く発生する。五月病というものがあるが、其れと似たようなものかもしれない……。 彼が逝去し四九日経ったある日、旧友と集まりいつもの居酒屋で酒を汲み交わしていたところ、友人の一人が日本酒のとっくりに醤油を注ぐ、自ら砂ずりを注文したが一向に箸をつけぬ、「今夜の勘定は己が払うよ」と言って会計の前で「実は己は弐拾円しか持っていない」と瓢々とした表情で述べるなど小さな奇行を繰り返し出したので、これも溺死した彼のようによからぬ兆候だと思い、私は意を決して「あれが、決まったのか」と訊ねたところ、彼は言葉を振り絞るように「……ああ」と一言呟いて、その後その大振りな身体とは似つかない小さな涙が静かに頬を伝った。深夜零時をとうにまわっているというのに、柳の枝でミンミン蝉が鳴いている奇妙な夜であった。 「あれ」が決まったというのは、この文章は婦女子の方々も多く読んでいるのでここに書くにはひじょうにはばかれるが、「あれ」とは他でもない、結婚のことである。男という生き物は強さと逞しさを宿命のように胸に抱えて生きていくものだが、そこに「結婚」という未知の言語が入り込むとその不屈の強靭さというものが音を立てて崩れだし、焦燥、狼狽、混乱し、火事場の子供のように泣きながら右往左往するばかりでちっとも前に進めなくなるのである。 彼はその混乱を乗り越え、遂に先日、東京玉姫殿にてつつましいながらも厳かな結婚式を執り行った。燕尾服に身をまとい、新婦の手を引く彼の表情は実に晴れやかなものであった。しかし私の仲間達の目には全て彼の背後にぞんざいな形状の巨大な十字架が見えたに違いない。私達は人知れず視線を交わし、互いに苦虫を噛み潰したような表情をした。最後に芥川龍之介の「芋粥」の一節を引用してこの文章を締めようと思う。 『人間は、時として、みたされるかみたされないか、わからない欲望のために、一生をささげてしまう。その愚をわらう者は、ひっきょう、人生に対する路傍の人にすぎない』 芥川龍之介 「芋粥」 |
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