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| 2003年08月06日(水) 愛を米。 |
| 毎日外食なんてできる身分じゃないので自分でご飯を炊きます。米を洗います。うちのキッチンは部屋の隅に申し訳程度に佇んでいて、見ようによってはお洒落で気に入っています。僕は昔からこじんまりとしているものが好きです。米を洗います。小さなキッチンで米洗います。 近頃は無洗米というものがあるらしくて、例えば「無記名」という言葉。意味は「名を記して無い」この考え方を無洗米に当てはめると「米を洗って無い」のはずなのに。だのに。無洗米ときたらどうやら「洗う必要の無い米」らしい。なんか納得いかないよね。紛らわしいよね。 米を洗うという行為は、妥協との闘いである。僕は几帳面なA型なので妥協が許せないのです。だから米も綺麗に洗いたい。しかし何度米を研いでも水は透き通らない。実は精米した白米の表面には従来の精米機では取りきれない粘性のヌカが残っていて、米をとぎ洗いすることで、この米の表面についているヌカが洗い落とされ、おいしいご飯になるようだが、このヌカという謎の物体が、なかなか落ちない。何度洗ってもほんのり白く濁っている。もうこの辺でいいかな。いや、もう一回洗えばもう少し透き通るはずだ。葛藤、煩悶。水を流す時に固い米がシンクに数粒流れてしまったときは理性を失う。釜を放り投げローソンに行って炒飯を購入せしめる。 そんなA型の貴方に朗報。無洗米というものがこの世に存在するらしい。洗わなくてもいいらしい。袋からお米を出して、水を注ぎ、すぐご飯を炊くことができるらしい。これはただの怠慢じゃないか。働かざる者食うべからず。米を研ぐ手間を省いてどうする。努力してこそその結果に意味が生じるんだ。疲れた。今日は米の話なんてするつもりじゃなかった。 |
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