2003年06月10日(火)  葛藤、煩悶。
電車の中は不本意に他人と他人が肩を寄せ合う窮屈な場所で、楽しそうに座っている人など1人もなく、しょうがないから乗ってるんだと投げ遣りな表情の人たちばかりでそういう人たちを見ると気が滅入ってきて、そんな僕の表情を見た他の人たちも気が滅入ってきて、まさに気が滅入る相互作用によってあんなどんよりとした空間ができあがるのです。
 
午後11時。電車の中で僕は4人掛けの椅子に座っていた。左からチンピラ風のパンチなお兄さん。今日はコンパでちょっと飲みすぎましたという態のお姉さん。そして僕。そして僕の右隣は残業帰りのサラリーマン。午後11時の東上線は意外と空いていて吊り革を持って立っている人は1人もいない。それぞれがそれぞれの座席を確保している。
 
僕の左隣のお姉さん。かなり飲みすぎているのか香水と酒の臭いが混ざり独特の香りを発しながらうつらうつらしている。電車が揺れる度に首もカクンカクン揺れる。やがて完全に睡魔に襲われてぐっすりと眠ってしまう。僕の左肩に頭を乗せて。線路は続くよどこまでも。やがて駅に止まる。隣の女性は意識を取り戻し止っている駅を確かめる。僕に軽く頭を下げる。電車は再び発進する。また睡魔に襲われる。僕の左肩に頭を乗せる。その女性の左方のチンピラ風のパンチなお兄さんの肩には決して頭を乗せない。
 
このことはパンチなお兄さんも薄々感付いてているはずで、オレがパンチでアロハなシャツ着てジーンズの後ろポケットに犬の刺繍なんて入ってるからオレの方には頭は揺らがない。しかしオレの隣の隣の青年。洒落た帽子など被り文庫本など読み耽っている真似をしている。真似をしている。阿呆が。女に頭乗せられて文庫本などに集中できるわけないじゃないか。阿呆が。と、思っているはずで、実にその通りで文庫本の文章に集中できない。まず女とか香水とかそういう問題以前に酒臭い。たとえ電車であっても飲むなら乗るなと。肩に頭乗せるなと。
 
また次の駅に止まり、僕の左隣のサラリーマンが電車を降りた。僕の左隣に1人分のスペースが開く。ここで僕の葛藤・煩悶が始まる。僕が空いたスペースへ移動した場合、彼女とは1人分のスペースが開くということで僕の肩に頭を乗せられなくなってゆっくり文庫本を読むことができる。しかし彼女。彼女の場合、あぁ、私が酔っ払って眠ってしまって頭など乗せてしまったからきっとこの人は嫌がってるのだわ。とてもいい気分でお酒飲んだのに、なんだかヤな感じだわ。なによ馬鹿。私だってあなたみたいな男の肩に頭を寄せたことなんて、どっちかというと不覚の部類に入るのよ。なのになによ馬鹿。あからさまに席移動しちゃってさ。馬鹿じゃないの自惚れ屋さん。
 
なんてことを思われると僕の心がすごく痛むので、移動することに躊躇ったが、移動しなければしないで向かいの席に座っているこれまたコンパ帰りのような華々しい衣装をまとったお姉さん。何よあの男。隣の女の頭が乗ってるからって鼻の下伸ばしちゃってさ。馬鹿じゃないの。童貞かしら。文庫本になんて目を落として平静を装ってるけど私にはお見通しなのよ。馬鹿じゃないの。童貞かしら。スペースが開いたのに移動しようとする素振りもみせないでまるで恋人のように肩寄せ合っちゃって。とてもいい気分でお酒飲んだのに、なんだかヤな感じだわ。
 
と思われることは必至であり、どうすることもできない。たった一人の睡魔に侵された女性のお陰でこんなにも苦悶しているというのに、そのたった一人の女性はいつまでも僕の左肩で酒臭い寝息を立てていた。

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