2003年05月05日(月)  200円。
今日も池袋。切符を買って、昨夜、部屋を物色して見つけ出した40円と、手元の80円。コーヒーが買えます。電車が来る前にサントリー・ボスを飲んで、準急池袋行き発車しました。ないとわかっていながらもう一度財布を覗く。あるではないか。8円。5円玉1枚、1円玉3枚。実に細いじゃないか。ふん。駅降りたらすぐATMに走ってやる。先月の給料いっぱい残ってるし。いっぱい引き出して、それから、何も買わない。いっぱいお金が入ってる財布をお尻のポケットに入れて経済的余裕の笑みを浮かべながら大学の講義を受ける。これが粋ってものです。
 
最近はコンビニにもATMが設置されていて、すごく便利。手数料取られちゃうけど経済的余裕の笑みさえ浮かべることができる僕にとっては、あってないようなもの。手数料250円? え? たったこれだけでいいの? もっと取りなよみたいな。って、えー。駄目じゃん。僕のカード。取り扱いできませんて。武蔵野銀行。ファミリーマートと、喧嘩でもしてるのかしら。でも大丈夫。何食わぬ顔でサンシャインビルへ向かい講義を受ける。今日は地域福祉論。地域の、福祉を、学びます。地域の、福祉を、学んでいたら、休み時間になりました。武蔵野銀行へゴー。って、えー。駄目じゃん。どこにもないじゃん。他の銀行のATMにカード入れてもすぐ吐き出されるじゃん。ん? この汗は、今日は小春日和だから? それとも冷や汗ってやつ? ん? 財布に8円?
 
昼休み。池袋サンシャインビル。ATMをくまなく探す。こういうときは予想に反することはなく、ないものはない。げ。昼飯。食えないじゃん。昨日牛丼食ってから何も食ってないじゃん。腹が鳴る午後1時。午後の講義が始まる。
 
「今日は外で食べてきたんだね」
「あ、あぁ、うん」
 
隣のコが無邪気な笑顔で話し掛ける。昨日は一緒に並んでご飯食べたのに、今日は8円しかないので、銀行を血眼になって探してて、結局見つからなかった。なんてことは言えない。
 
「あ、アメ食べる? チェルシー」
「あ、あぁ、ありがとう」
 
チョー嬉しい。えっと、チェルシー1個で約20Kcal。えっと、1時間は持つかしら。もっと頂戴とか、言ってみようかしら。わぁ美味い。チェルシー。ママの味がします。
 
さて、こんなこと呑気に考えている暇はない。僕は返りの切符さえ買えないんだ。こういう状況をマジ困ったとか東京の人は言うのだろう。マジコマ。苦肉の策です。祈る気持ちである女性にメール。
 
>400円貸してください。おうちに帰れない。
 
講義など頭に入らず、携帯を握り締めて返信を待つ。冷や汗じゃないっつの。今日は小春日和だから自然に汗が出るっつの。冷や汗じゃないっつの。
 
>いいよ。受け付けのお姉さんに預けとくから。
 
と、女神からのメール。お金の工面をするなんて、僕のプライドは著しく傷付けられました。人からお金を借りたことがないということだけが、ただ1つの寂しいプライドだったのに、武蔵野銀行のお陰で自尊心を傷付けられました。講義を抜け出してサンシャインビルの1階まで降りて受け付けのお姉さんの元へ向かうがお姉さんいない。お姉さんはお姉さんのくせに子供の日になんて休みを取るな! 取るな! 400円くれたら、許してやる! あ。防災センターってあります。あそこに行きます。防災センターのお兄さんに預けるよう話をします。
 
「あー。そうなんですかー。ここで物を預かるってのはホントはできないんですけどねぇ。しょうがないです。え? 武蔵野銀行? ありますよ。ここ出て横断歩道渡って右に真っ直ぐ進めばありますよ」
 
なんだあるんじゃん。横断歩道渡ればあるんじゃん。次の休み時間に行こう。やはりお金を工面するなんて、気が引ける。たかが400円されど400円。100円玉4枚のプライド。と、講義に戻り、休み時間を待つ。休み時間になるとすぐ立ち上がり武蔵野銀行へ。って、えー。駄目じゃん。閉まってんじゃん。汗ダクダクじゃん。冷や汗じゃないっつの!
 
講義に戻り、肩を落とす。
 
「今日、なんだか忙しそうね」
「あ、あぁ、うん」
 
隣のコが無邪気な笑顔で話し掛ける。今8円しかないので、相変わらず銀行を血眼になって探してるけど、結局見つからない。なんてことは言えない。
 
「あ、アメ食べる? チェルシー」
「あ、あぁ、ありがとう」
 
チョー嬉しい。えっと、チェルシー1個で約20Kcal。えっと、また1時間は持つかしら。もっと頂戴とか、言ってみようかしら。わぁ美味い。チェルシー。ママの味は、もうしなくなった。
 
「あーーー!」
 
と叫んだ。心の中で。僕は財布の他に、バッグの中に小銭入れを入れているではないか。もしもの為に小銭入れとか持っといた方がいいよ。と妹がプレゼントしてくれたアジアンな柄の小銭入れを持っているではないか。もしもの為に、がついに今やってきた。使うなら今だ。と、200円。駄目じゃん。帰れないじゃん。うちまで片道400円。8円に、200円足して、あと192円足りない。メールする。
 
>200円見つかった。あと192円足りない。ありがとう。隣のコを説得します。迷惑掛けてゴメンなさい。
>借りれなかったら貸すからね。
 
とありがたい返信。人は192円で涙を流せます。そして襟を正す。コホンと上品な咳をして、紳士を装い、隣のコの横顔をしばし凝視し、
 
「あのー」
「なにー? アメ? はい」
「いやアメじゃなくて。あのー。お金、貸してくんない?」
「えー。なにいきなり。いくら?」
「200円」
「は? タバコ切れたの」
「いや、タバコはこの通りまだいっぱい残ってるし、まだバッグの中に予備の1箱があるんだ」
「じゃあ何に使うの?」
「電車賃」
「は?」
「帰れない」
「は?」
「ぶっちゃけ今208円しか持ってない」
「マジで!」
「冗談言いながらこんな泣きそうな顔はしないよ」
 
と、女性は大笑いした後、貸す貸さないの明言は避け、僕もそれっきり言い辛くなって鬱々としながら講義の続きを受けて、おまけに試験まで終わらせた。こんな鬱々とした気分でいても、試験が終わるのは誰よりも早い。誰よりも早いのに家に帰り着くのは多分誰よりも遅い。いつまで思案に更けていてもしょうがないので教室を立とうとしたとき、
 
「ちょっと待ってて」
 
と隣のコが僕の袖を引っ張り、僕はまた席へ着く。チェルシーでもくれるのかしらと思いながら待っていたけど、いつまで経ってもチェルシーをくれる気配はなく、真剣に試験に取り組んでいる。仕方ないので僕は試験の見直しをして、少々書き直して、それから試験の裏側に講師の先生の似顔絵を書いて、先生が近付いてきたのでそれを消して、小学生かよ! と自分自身に突っ込みを入れていたら隣のコがようやく試験を終えて
 
「ご飯食べにいきましょ」
 
と呟いたではないか! 呟いたではないか! 僕は208円しか持っていないので、今日びマクドナルドにも行けないし、スタバでコーヒーも飲めないけれど、ご飯食べにいきましょってことは、おごってもらえるのかしら! と、また少し自尊心が傷付けられたような気がしたけど、自尊心とか言ってる場合じゃない。旅の恥は掻き捨てだい。と自分自身をどうにかして励ますけれど、これは旅ではなくて、もう僕は関東に住んでるんだから、旅の恥じゃなくて、これはただの恥だ。晩飯を食いたいが為に女の尻を追いかけるだなんて、ヨシミ家の恥だ。こんな不甲斐ない長男になってしまいました。お母さんゴメンなさい。母の日は、宅急便で花と洋服を送ります。
 
「なんで208円しか持ってないの?」
「いや、えっと、缶コーヒーとか武蔵野銀行とか、子供の日で、あと小銭入れ、ね。200円入ってたの。あ、チェルシー。ありがとう。すごく美味しかった」
 
などととにかく恥ずかしくて何を言っているのかわからない。エレベーターの中で彼女は笑っているけど、僕はちっとも笑えない。
 
「なんでも食べていいわよ。おごってあげる」
 
と、マクドナルド。僕はお昼も食べていないということまで打ち明けてしまった。あと、ドイツ産の発泡酒は不味くて飲めたものじゃないとか、しばらく仕事をしないのでこのままでは太ってしまうとか、どうでもいいことまで打ち明けてしまった。彼女は僕のそれにいちいち相槌を打って、ニコニコしながらアイスコーヒーを飲んでいた。僕だけダブルチーズバーガーセットを注文してむさぼっていた。なんか、北の国から命からがら亡命してきたみたいだった。
 
「はい。今度から気をつけるのよ」
 
と池袋駅で200円。最初1000円渡されたけれど、1000円も渡された日には僕のプライドはズタズタになって二度と立ち上がれなくなってしまう。
 
「ありがとう」
 
僕は100円玉2枚を強く握りしめて、小銭入れの200円を取り出し、切符売り場で夢の400円を支払い、夢の帰宅切符を手に入れた。
 
「またね。今度ごちそうするよ」
「あてにしないで待ってるね」
「チェルシー、ありがとう」
「え? マックは?」
「あ、マックもありがとう」
「またね」
「うん、またね」
 
たった1日で、たった200円のために生まれた、僕にとって大きな大きな物語。

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