2003年04月13日(日)  愛想と引越しについて。
仕事が終わり、アパートの階段を登ると、僕の部屋の前にスーツを着た少し人相の悪い男の人が立っていて、しきりにドアをノックしているではないか。借金の催促かもしれない。どうするアイフル。しかし僕は借金なんてしていない。NHKの受信料の催促かもしれない。「どーも。受信料の請求に参りました」のNHKのドーモ君かもしれない。国営テレビはパンチパーマも雇うようになったのか。いや、誰かの父親かもしれない。ほら、ここ最近いろんなことがあったから、いろんな事情が生じたヤバい情事によっていろんな問題が浮上して、あの女性の父親か、彼氏か、もしくは旦那。これは困った。殺される。埋められる。殺されるとか埋められる前にまず生爪とか剥がされる。目を閉じた状態でまぶたにホッチキスを打たれる。どうしよう。やっぱり素直に謝ろうかしら。
 
男は僕の部屋の前から立ち去ろうとせず、いつまでも断続的にノックしている。僕は意を決して、男のもとへ。「こんばんは」僕は努めて愛想良く挨拶を交わす。内心は狂わんばかり。ポケットの中に、ライターが入ってるから、いざというときには火を振りかざして逃げ出そう。鬼気迫る表情でゴメンなさいもうしませんと叫びながら逃げ出そう。100円ライターの炎を振りかざして。馬鹿じゃん。
 
「こんばんはー。○○新聞でーす」
 
ちっ。新聞の勧誘かよ。パンチパーマで勧誘すなよ。紛らわしい。無駄に消耗してしまったではないか。サンバのように躍り狂っていた心拍数が、湖上の白鳥のように落ち着きを取り戻す。新聞の勧誘ごときに。畜生。他の女に手を出して何が悪い。どんな迷惑を掛けたか。勧誘率でも落ちたか。違うだろ。いったい何だ。何の用だ。
 
「1ヶ月でもよろしいので新聞とってもらえませんでしょうか」
 
あぁ、これって勧誘ね。さっきから言ってるじゃないか。理解してるじゃないか。取らないよ。いらない。必要ない。と、意思表示することもなく、無言で部屋のドアを開けて、お尻を掻きながら、しまった、あれどうしよう。などと考えてもいない独り言を言いながら心持ち強くドアを閉めて、カチッと大きな音を出してあからさまに鍵を閉める。
 
その後もしばらく勧誘のノックは続いた。「1ヶ月でいいですから〜」「1週間でもいいですから〜」「最初の1ヶ月はサービスしますから〜」となんだか悲愴感を帯びた口調で寂しく叫んでいる。僕はテーブルの上に部屋の鍵と携帯を置いて、ジャケットをハンガーに掛けてリビングの電気も灯さずに、大きな溜息をついて頭を抱えてテーブルにうずくまる。ここからが僕の病気のお話。病名、大後悔。つい数秒前の出来事に対して大後悔。あぁ、すげぇ冷たく対応してしまった。もっと、こう、「いえ、結構です」とか「読む暇ないですから」とか、嘘でもいいから「他社の新聞を購読しておりますので」などと、懇切丁寧にお断りの言葉を申せばよかった。まだ、間に合うかしら。もうノックの音は聞こえないけれど、まだ肩を下ろして階段を降りているかもしれない。威勢良くドアを開けて裸足で走っていこうかしら。「ゴメン! 俺が悪かった!」なんて階段上段で叫んでみようかしら。涙目で振り返った勧誘男をスローモーションで抱き締めてみようかしら。月9ね。トレンディーじゃないですか。あぁ、もう、また自分で考えてることがわかんなくなってきた。あぁ、僕はもっと万人に対して愛想良く接しなければならない。
 
つい先日妹に言われたばかりだった。お兄ちゃんは私の友達にどうしてそんなに愛想が悪いの? ってね。いや、妹の友達に限定しているわけではなくて、僕は往々にして愛想が悪いのだ。なんというか、この先、僕と関わることがない、もしくは少ない人々に対しては頗る愛想が悪い。どちらかというと敵対心を剥き出しにしている。目つきも態度も頭も悪い。僕に近寄るなオーラを出す。中途半端な関わりがいちばん疲れるのだ。少しでも疲れるなら、最初から関わらない方がましだよ。お願いだからこっちに近寄らないでくれ。いや、近付いてきてくれ。僕と仲良くしようじゃないか。また出たよ。またアンヴィバレンツってやつだよ。
 
仲良くしたいので、引越しの荷造り手伝って下さいな。あと、引越し先の部屋の整理を手伝って下さいな。いや、僕は労力を求めているとか、楽をしたいとか言いたいのではなくて、純粋に仲良くなりたいってことを申しているのです。

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