2003年04月02日(水)  ゲンゲンガクガク。
「カレーとうまい棒、どっちが好き?」
 
余程僕との食事が退屈なのか、彼女は突然妙な質問をした。カレーとうまい棒。う〜ん。どっちでもいいよ。
 
「もー! アナタはいつもどっちでもいいよ。どれでもいいよ。どうでもいいよ。気障なフリなんてしちゃってさ! 2者択一の問題をどっちでもいいって考えることが寛大だって勘違いしてんじゃないの! 答えなさいよ。カレーと、うまい棒、さぁ どっち!」
 
じゃあ、関根チーム。
 
「どっから『どっちの料理ショー』になってるのよ! 真剣に答えてよ! これは心理テストなんだから!」
 
へぇ。妙な心理テストだ。心理テスト。これは、このテストがいわんとする結果を予想しなければいけない。相手が、ほらアナタだったらこっちを選ぶと思った! という結果へ導くために答えを予想しなければいけない。そうしないと話が弾まない。「結果発表します。カレーを選んだあなたは心優しく誠実で飾り気のない人柄とあっさりした人間性から誰からも好かれる」なんて言われてもちっとも面白味がない。そもそも心優しく誠実な人間ほど面白味のないものはない。僕は誠実でなんかありたくない。心優しくなんて糞喰らえだ。あっさりとした人間性というのは、魅力的ですね。あっさりしたい。海草サラダのようにありたい。海草サラダでいいや。カレーとうまい棒の2者択一なんて馬鹿馬鹿しいよ。海草サラダで、いいじゃないか。
 
「ダメ」
 
じゃあ、うまい棒。うまい棒は実に幅広いじゃないか。明太子味からピザ味なんてのもあるし。うまい棒でいいよ。カレーは、ね。カレーの味しかしないからね。
 
「そう! それ! そこなのよ! あなたはどっちかというとうまい棒なのよ!」
 
うまい棒はうまい棒であってうまい棒ではない。これは一種の哲学だね。僕は僕であって僕ではない。明太子味もあるしピザ味もある。テリヤキバーガー味とかコーンポタージュ味などという別にうまい棒にしてまで食べることのないような種類まである。実にバラエティに富んでいる。僕はうまい棒であって僕ではない。これは一種の哲学だね。あ、これはさっき言ったか。しょうがないよ。僕は今酔ってるんだから。現在午前1時2分。居酒屋行ってカラオケ行って、浴びる程ビールを飲んで、吐いて、また飲んで、吐いて、また飲んで、なんか気絶したみたいになって、事務のお姉さんに送ってもらって、シャワーを浴びたらようやく意識が戻ってきて、ほら、もう元気。日記を書ける状態にまで戻りました。もう書きたくない。吐きたい。眠りたい。
 
僕が言いたいことは、カレーは一生カレーだってこと。明太子味のカレーなんて存在しないし、テリヤキバーガー味のカレーも存在しないってこと。カレーはどこまで行ってもカレー。憐れだね。憐れじゃないかもしれないね。確固たる自分を持っているということじゃないか。僕はカレー以外の何者でもないという自信。すごいね。すごいけどね。僕はうまい棒でいいよ。バラエティに富んだ生き方を選ぶよ。
 
ダメだ。もう書けない。毎日書かなければいけないなんてこの意味のない試練を僕はいつまで続けなければいけないのか。
 
♪世界にひとつだけの花 ひとりひとり違う種を持つ。
 
「違う種」というのは、例の、オタマジャクシのことなのか。と、後輩が歌っているのを聞きながらそう思った。

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