2003年03月16日(日)  まこちそげなもんもしらんとや。
「それでは最後の質問です。あなたが知っている野菜の名前を言ってみて下さい」
 
心理検査室。僕とお婆ちゃん。僕の手にはHDS-R。いわゆる「長谷川式簡易知能評価スケール」(2月26日参照)最後の質問。「知っている野菜の名前を言ってみて下さい」お婆ちゃんは天井に目を向けて、自分の畑を思い出す。畑で栽培しているものを思い出す。
 
「きょいたっきたばっかいやったっどなぁ」(今日畑に行ってきたばかりなんだけどなぁ)
 
―――
 
お婆ちゃんはこてこての鹿児島弁で話をする。この鹿児島弁、県外の人は全く聞き取れないという。谷崎潤一郎が鹿児島弁について「台所太平記」という小説でこう述べている。
 
「南蛮鴃舌と云う語がありますが、正にその通りで、これでは全く英語やフランス語以上です」
 
僕は時々神戸に住んでいる女性に電話をするのだけど、故意にわかりにくい鹿児島弁を使う。
 
「ふんのこちまこち いけんすいもんかねぇ」(本当に困った。どうしたものか)
「もー! やめてー。ムカつくー」
 
とその女性も怒る。一言も意味が聞き取れないらしい。もっともだと思う。僕は生まれも育ちも鹿児島だけど、病院に勤め出して高齢者と接する機会が増えて、昔ながらの鹿児島弁に触れる機会も増えた。僕だって新米の頃は、患者さんが何を言っているのか全然わからなかった。わからなかったけど8年も勤めると、
 
「うにゃ、わっぜぇこえ、もじろかいねぇ」(あぁ、とっても疲れた。帰ろうかな)
 
なんて見事に感化されて、大正生まれの高齢者と対等に会話できるようになった。
 
「あにょにむくろいきがられたぁお」(お兄さんに思いきり怒られました)
「まこちぐらしもんじゃ」(本当に可愛そうですね)
 
もう本当に英語やフランス語以上です。
 
―――
 
「野菜の名前だったら何でもいいんですよ」
僕はお婆ちゃんに優しく問い掛ける。急かさないように、ゆっくりと顔を傾けて問い掛ける。
 
「でこん」(大根)
「そうですね。大根がありますね」
「にじん」(人参)
「うん。人参も野菜ですね」
「からいも」(さつまいも)
「はい、さつまいもね」
「けっきゅう」
「え?」
「けっきゅう」
「は、はい、けっきゅうですか。けっきゅう……あ、あとは何がありますか?」
「カンラン」(キャベツ)
「あぁありますね。カンラン」
「花カンラン」(ブロッコリー)
「そうですね。花カンランもありますね」
「にがしっ」
「え?」
「にがしっ」
「え? 何ですか」
「にがしき」
「にがしき? あぁ、にがしき……」
 
僕は検査を終えてからすぐ病室へ行き、高齢の患者さんに問い掛ける。
 
「ねぇ、『けっきゅう』ってどんな野菜ですか」
「けっきゅうちゅえばこげなもんよ」(けっきゅうといえばこういうものですよ)
と言って何やらジェスチャーを始める。よくわからない。そもそも野菜をジェスチャーで表現できるはずがない。
「はぁ、まぁ、わかりました。それでは『にがしき』ってどんな野菜ですか」
「にがしっつちゅえばにがしっよ」(にがしきといえばにがしきに決まってるじゃないか)
全然答えになっていない。
 
もしかすると僕は逆に検査されている立場なのかもしれない。

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