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| 2003年02月28日(金) 羊の皮を被った交渉人。 |
| 内服薬の拒否。看護の過程でこれほど大変なことはない。患者が薬を飲まない。それは治療への拒否、医療への不満、そして僕たち看護師への不信感。精神疾患は病識に乏しいので、どうして私が薬なんて飲まなきゃいけないの! どこも悪いとこなんてないのに! というケースによく遭遇する。そこで看護婦さんは外来勤務の僕に内線をする。「どうしても薬飲まないの。どうにかして!」どうしてもをどうにかする宿命に立たされている男。僕は職場で嘲笑混じりにこう言われている。「羊の皮を被った交渉人」 病棟のナースステーションへ行き「おっ! 最終兵器が来た」なんて言われてヘラヘラ笑って、それじゃあ病室に行って来ます。誰も来なくていいですから。といつものように言って拒薬する患者(以下Aさん)が待つ病室へ向かう。 誰も来なくていいというのはしっかりと訳があって、2人以上の看護師が患者の前に立つと、それだけで恐縮してしまうか、拒絶してしまう恐れがあるからである。だから説得するときはいつも1人で病室へ行くようにしている。 コンコン。病室のドアをノックする。こんにちわぁ。今日も天気いいねぇ。なんて調子のいい挨拶をして、Aさんのベッドへは向かわず、まず、他のベッドの患者の所へ行き、その患者と世間話をする。最近良く眠れてる? そう。そりゃあよかった。食欲は? ハハ。そうだね。最近顔色いいもんね。なんて世間話を約5分。 この的外れとも思える世間話。これにも訳がある。もし、僕がドアのノックして、直接Aさんのベッドに行った場合、例えAさんと世間話をしたとしても、薬を服用させるという目的は明確であり、Aさんだってすぐに心を閉ざしてしまう。だから他の患者と会話するという行為は、Aさんの拒薬という認識やら拘りやらを分散させる効果を持っている。 笑い。この効果を軽んじてはいけない。効果があるのはアクシデントに基づく笑い。いくら面白いことや気の効いたことを言っても、言葉なんて何の効果も持たない場合がある。この状況のような、患者が心を閉ざしている場合。言葉による笑いは意味を持たない。だからアクシデントに基づく笑いを演出する。わざと水をこぼして狼狽し、モップを取りに行こうとして足を滑らせる。床にボールペンをわざと落として、拾う時にベッド柵で頭を打ちつける。これらのアクシデントは、不意に起こるものなので、いくら心を閉ざしていても、不意に笑ってしまう。僕は患者のその笑いに速やかに滑り込む。 ドジでおっちょこちょいな人物は愛嬌がある。それは、ある程度一般的に共通した認識だ。その道化をここぞとばかりに演じ続ける。いやぁ、参ったよ。僕がいけないんじゃないんだ。床の水がいけないし、ベッド柵だってあんなところにあるからいけないんだ。イテテ。あとで先生に、診察してもらおっと。そして笑い。もうこの頃にはAさんの拒薬へのわだかまりもある程度は解消されている。 そしてようやくここから「交渉」が始まる。 まず、食事の話。たいてい食事の後に薬を服用するから、薬のことを語るならば、まず食事の話から始めなければならない。それもできるだけどうでもいい話。今日のメニューについて。好きな食べ物について。嫌いな食べ物について。そして、今日の食事摂取量について。残したのであれば、残した理由について。 そして、一番重要な薬の話。 「で、薬飲んだ?」 「飲んでない」 「あら。どうして?」 僕はAさんが拒薬していることをここで初めて知ったという演技をする。僕は何も知らずにたまたま薬の話をしてしまったということを相手に伝える。このことによって僕は「医療側」の人間から「患者側」の人間へスムーズに移行できるようになる。「患者側」の立場になって味方になって話をすることができる。 この過程が円滑に進んでいれば、患者は自然に拒薬する理由を話し始める。この場合「いや、それは違うよ」なんて否定したらいけない。肯定はしないまでも、全て相手の言葉に頷く程度はするべきだ。そして核心に入る。 「それじゃあ、薬飲んでみる?」 「いや、飲まない」 「あら、そう」 まずこれが最初の交渉。何気ない言葉で薬を勧めて、それを拒否すればあっさりと諦める。他の看護婦さんはこの交渉で皆失敗する。「薬飲んでみる?」「飲まない」「どうして飲まないの? 飲まないと病気治んないのよ」と結果を急いでしまう。そんなことしてたら駄目だ。患者の態度は余計 硬化してしまう。まずあっさりと諦める。あっさりと諦めることによって、患者に「なんだ、そんなもんなのか」と思わせることが重要なのである。心の中の大半を占めていた「薬に対する思い」のランクを、治療者が軽視することによって、下げてしまうようにするのだ。「薬は別に1回くらい飲まなくたって死にやしないけど、飲むにこしたことはないんだよ」という認識を暗に伝えることなのだ。 そして再び世間話。病気とか薬とか、医療の臭いがする発言を意識的に避け、本当の世間話に終始する。そして世間話が一段落した時点で「さ、そろそろ仕事に戻ろっかな」とその場を去ろうとする。このことは「この看護師は本当に世間話をしにきたんだな」と思わせる効果がある。そして去り際の一言。「それじゃあまた来ますね。ちゃんとご飯食べて、薬飲んで、元気になってね」これは結構大切な一言で、「薬飲んで」という部分をできるだけ強調せずに、別れの挨拶の延長のような感じで何気ない口調で言わなければならない。薬に固執せずに自然に出てきた言葉だということを伝えなければならない。 そして病室のドアへ向かう。最初で最後の勝負。ふと思い出したように僕は振り返り患者に話し掛ける。 「あっ、そういえば今日お昼の薬飲んでないって言ってたね。僕がついでに持ってこようか?」 患者は自然に頷く。最後の布石。それは「ついでに持ってこようか?」薬なんて「ついでに」持ってくるようなものだという、医療の常識を覆す軽視した発言。薬なんかにどうして固執してたんだろう? と患者自身に自然に思わせるように導く。自然に頷いた患者に僕はニコリと笑って駄目押しをする。 「うん。じゃああとで持ってくるよ。今からちょっと忙しくなるから、もしかしたら薬持ってくること忘れちゃうかもしれないけどね」 「じゃあ今すぐ持ってきて!」 どうしてもをどうにかする宿命に立たされている男。僕は職場で嘲笑混じりにこう言われている。「羊の皮を被った交渉人」 |
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