2003年02月20日(木)  仔猫と電話とトカゲの尻尾。
居酒屋の帰りトボトボと夜の繁華街を歩いていたら友人が突然叫んだ。「携帯がない!」この友人はもうこれが宿命かと思われるほど携帯を忘れたり、ホテルに財布置いたままチェックアウトしたり、大事な書類を家に忘れたりと「うっかり不幸」がとにかく多い周囲に1人はいるタイプの人間なのだが、今夜は携帯がないと嘆いている。あぁ面倒臭ぇ。1人で取りに行ってよ。僕は、えっと、ほら、そこのショーウィンドウに腰掛けてタバコでも吸ってるから。「一緒に行こうよ」だから面倒臭いって。酔ってるし。気だるい。「あぁっ! ねぇ! 一緒に取りに行こうよ! 私だって少し酔ってるんだから! 吐き気だって装ってきた!」吐き気を装うってなんだよ。吐き気を催すっていうんだ。しょうがないなぁ。僕は、えっと、ほら、そこの有料駐車場の自販機の前でお茶でも飲んでるから1人で取りに行ってよ。「わかったわよ! 1人で行くわよ!」ってウソだよ。ちゃんと一緒に行くよ。そう、ツッカツッカ早足で歩かないでくれよ。全然酔ってないじゃないか。待ってよ。おーい。
 
「きえぇっ!」
友人は横断歩道の前で素っ頓狂な叫び声を上げて立ち止まる。呆然と立ち尽くす友人の足元には敢然と自動車に潰された友人の携帯電話。「あぁ、潰されてるよ」僕は当たり前のことを言う。こういう悲惨な状況に遭遇すると当たり前のことしか言えなくなる。「あああっ!」友人は瀕死の仔猫を抱くように無惨な姿になった携帯を取り上げる。僕は酔っているけど、素で可哀相だと思った。「さっき横断歩道走って渡ったでしょ。その時に落ちたのよ」友人は僕を見上げて言う。なんだよ。僕が悪いみたいじゃないか。僕があぁ横断歩道が赤に変わるよ。点滅してるよ。あの点滅の意味がわかるかい。走れ! ってことなんだよ。って言ったみたいじゃないか。僕はそんなこと言ってないよ。別に急いでいるわけでもなかったし、あの時も立ち止まって待っててもよかったんだよ。とにかく僕が走ろうって言ったわけじゃない。
 
涙目で横断歩道の真ん中で立ち尽くす2人。これじゃまるでトレンディードラマの別れの場面みたいじゃないか。恥ずかしい。みんな見てるよ。頭の中でキスしろとかビンタしろとかささやいてるよ。キスもビンタもしないよ。とにかく歩道へ戻ろう。そして次の店に行ってから、この件について嘆くなり怒るなりすればいいよ。恥ずかしいし、何よりも寒い。繁華街の横断歩道はどうしてこんなに寒いんだ。さ、行こう。
 
それにしても友人の携帯電話の無惨な姿。「いぇーい! カメラ付き買ったんだー! アンタなんて写したくないけど写してあげるー!」なんて恥ずかしいほどハイテンションで騒いでいたあの頃が懐かしい。写したくないとか言われてもポーズをとってニヒルに笑っていたあの頃の僕が懐かしい。見てみろよこの無惨な姿。折り畳み式の携帯はまさに首の皮一枚という感じで、上の部分と下の部分が色とりどりのコードで辛うじてダラリと繋がっている。首の骨が折れた仔猫のようじゃないか。
 
「クロネコヤマトの宅急便♪ クロネコヤマトの宅急便♪」
突然既に生き絶えたと思われた携帯電話から陽気な音楽が流れ出す。「ああっ! 携帯が鳴ってる!」友人は一縷の望みを振り絞った声を上げる。死んだと思っていた携帯が鳴っている。不幸中の幸い。というか確実に不幸なんだけど、携帯が鳴っている。着メロを「クロネコヤマトの宅急便」にしている友人のセンスは疑うあまりだが、とにかくまだ少し、生きている。
 
「もしもしっ! もしもしっ!」
友人はボタンを押して必死に着信に応えようと躍起になっている。しかしボタンは反応しない。何度押しても反応しない。ていうか、ボタン自体が著しく破損していて、どのボタンを押せばいいのかわからない。「もしもしっ! もしもしったら!」友人はやみくもにボタンを押し続ける。しかし携帯電話は反応しない。僕は命あるものの最後の抵抗、そう、ちょん切られたトカゲの尻尾の最後の抵抗とこの携帯電話がオーバーラップし、夜の繁華街に無情に響く「クロネコヤマトの宅急便」を呆然と立ちすくんで聴いていた。

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