2003年02月09日(日)  イノシシとクリスマスケーキ。
看護婦さんの家にご飯を食べに行った。最近はご飯が食べたくなったら看護婦さんのマンションへ行くようにしている。看護婦さんが「お腹が空いたら遊びに来なさい。もうちょっとで居なくなるんでしょ」なんて寂しいことを言うので、ついついご飯を食べに行ってしまう。
 
「冬の食事の定番といえば?」
「鍋! ていうかこの前すき焼き食べたじゃないですか」
「十二支の一番最後の動物といえば?」
「猪! それがどうかしましたか?」
「今日はイノシシ鍋よ」
 
すごく無理矢理で強制的で誘導的な会話だが、看護婦さんは本当に突然こんな質問をする。最初からイノシシ鍋っていえばいいのに、無意味に遠回りな質問をする。まぁ世の中の質問は全て無意味に遠回りなんだろうけど。
 
イノシシ鍋。もちろんイノシシの肉が入っている。イノシシの肉は小さい頃たまに食べていたけど味の記憶は残っていない。僕の父は料理人だったので、イノシシとか、ウサギとか、スズメとか、そういう珍しいものをよく料理して食べさせてくれた。僕の父は料理人だった。今はもういない。どこにいるんだろ。
 
というわけでイノシシと聞くとなぜか父の姿が思い浮かぶ。休日の度にケーキを作っていた父は、今もどこかで男のくせにもうすぐバレンタインだからと言ってチョコレートケーキを作っているのだろう。クリスマスが近付くと、我が家には近所の人たちからクリスマスケーキの予約が殺到した。父は仕事から帰って来てから夜遅くまでスポンジケーキを焼き、クリームを塗り続けていた。僕には、そういう幸せな時期も、あった。今みたいに1人じゃなかった。
 
「なにボーッとしてんのよ」
「あ、あぁ、昔をね、思い出していたんです」
「イノシシの肉を食べながら?」
「そう。イノシシの肉を食べながら昔食べたクリスマスケーキのことを思い出してたんです」
「サハラ砂漠で地中海を思い出すみたいに?」
「うん。ちょっと違いますけど」
 
しばらく無言で僕たちはイノシシ鍋を食べる。僕はその沈黙の中でイノシシとクリスマスケーキのことを考え、看護婦さんはイノシシとクリスマスケーキの接点について考える。看護婦さんは白黒はっきりさせないと気が済まない性格なので、もちろん僕にその答えを求める。
 
「ねぇ、どうしてイノシシでクリスマスケーキなのよ」
「あ、あぁ、僕んちは少し変わっていてクリスマスといったら七面鳥じゃなくてなぜかイノシシだったんですよ。すごい田舎ですからね、イノシシなんて道を歩けば突進されるものでしたよ」
 
僕はまた小さな、いかにも嘘らしい嘘をつく。
小さな、いかにも嘘らしい嘘。僕はそういう嘘ばかりついているから
いつまでも独りなんだと思う。

-->
翌日 / 目次 / 先日