2003年02月04日(火)  コケコッコ!
立体駐車場3階。
 
「い・いたっ! 先輩っ!」
「コケコッコ!」
 
飛べない鳥はジョッキ3杯、焼酎1本呑んで前後左右東西南北上下重力の空間認識を失い、立体駐車場3階から飛び降りた。下はアスファルト。誰でも知ってる固くて冷たいアスファルト。「先輩っ!」階上から怒号が聞こえる。飛べない鳥は飛べないので、ていうか人間なので、つーか僕なので、そのままアスファルトに落下。左膝を強打。アバハウスのパンツの膝の部分が破ける。打撲。出血。
 
「先輩っ! 大丈夫っスか!」
駆け寄る後輩。僕はなんでもないように立ち上がり「さ、2次会2次会」と呟く。飛べない鳥はしこたま酔っていた。左膝から出血してても痛みを感じないくらい酔っていた。今日は、酔わなければ、いけなかった。
 
2次会のスナックで僕の隣に座ったホステスはフィリピンとスペインのハーフの女性。一緒に「愛が生まれた日」とか「居酒屋」とか中年色丸出しのデュエットを歌って腰に手を回してトイレで情熱的でスパニッシュなキスをして、女性がトイレを去った後、1次会の居酒屋で食べた枝豆やら焼き鳥やら揚げ出し豆腐を便器に吐いた。
 
――
 
「今日は、飲みに行く」
昨日、院長室を出てそのままナースステーションに行き、後輩を呼び出して言った。
「1次会は僕が奢るから、なるべく多く来るように。全ての予定は明日にまわすように。全ての都合はうやむやにするように」
そして僕たち以外誰もいない居酒屋に後輩5人が集まった。後輩は、ただ酒代を奢ってもらえるという、純粋な気持ちで、ただそれだけで、いつものように集まった。そしてそれは反則かと思われるほど、突然に、僕が結婚できない理由について語り合って爆笑しているときに、突然、僕は呟いた。「4月で仕事を辞めることになった」
 
「ハッハッハ……ハッ……は? 何言ってんスか?」
皆、虚を突かれたような表情。そしてそれは冗談なんだと勝手に思い込み、再び僕が結婚できない理由について話出す。僕が結婚できない理由は、性格が悪いとか、金遣いが荒いとか、飽きっぽいとか、そういう理由も確かにあるのかもしれないけれど、本当は、まだやりたいことがいっぱいあるから。
 
――
 
トイレでキスをして、様々な残渣物を吐いた後、テーブルに戻る。僕の正面には、いつも僕を慕っていた後輩。立場的には後輩だけど、もはや僕たちは親友だった。彼は酔えば酔うほど暴れ出し、暴言を吐くのだけど、今夜はやけに静かだ。
「どうしたのー?」
ホステスが無遠慮に無考慮に彼に問い掛ける。
「うるせぇ」
 
後輩は、2次会の間、ずっと壁を向いて一人で静かに泣いていた。
 
2次会が終わり、僕は後輩と2人で、いつものように、すれ違う人に悪態をつきながら深夜の繁華街を歩いていた。僕は本当に酔っていて「もう一軒! もう一軒!」なんて叫んでいたのだけど後輩は「もう耐えらんねっス」と言ってそれを断った。
 
後輩は煙草の自動販売機の前で立ち止まりマイルドセブンライトを4箱買って「餞別っス」僕に渡した。「いやいや、まだ早いよ。僕はまだ少なくとも2ヶ月はここにいるんだ。それに餞別が煙草4つって悲しすぎるよ」
後輩がタクシーに乗り込んだ瞬間、僕は後部座席に3千円を投げ込んだ。
「このくらい気前が良くなきゃね」
 
後輩と3千円が乗ったタクシーを見送ってしばらく夜の街を1人で歩いて帰った。ニットキャップを深めにかぶって出てくる涙を隠した。涙が止まらないのは勿論、帰りのタクシー代がないということではなかった。

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