2003年02月02日(日)  猜疑と真実。
昨日書いた通り、彼女は今日の午前3時にアパートを出て行った。外は多分、零下何度の世界。道路を行き交う車もなく、勿論人影だって深夜の闇に侵食されている。僕だったらいらぬこだわりなど捨てて布団と隣人の肌の温もりに身を委ねる。彼女は何かに憑かれたかのように部屋の灯りを消したまま、さまざまなところに散乱した服や下着を集めて着替える。僕はそれを薄目で見守り、いつの間にか再び眠りの世界へ入っていく。彼女は冷たいアパートのドアを開けて覚醒の世界へ戻って行く。午前3時。僕は眠りの世界から抜け出せない。様々な口説き文句も、説得も、訓戒も、何一つ言えないまま彼女は出て行く。僕は眠り続ける。
 
彼女には彼氏がいる。遠距離恋愛。僕は遠距離恋愛を経験したことが、ないでもないけど、そういうことは3ヶ月以上続いたことがないので、ないに等しいのだけど、彼女の場合、今年で2回目の冬を迎えることになる。僕は遠距離恋愛で同じ季節を2回迎えることが、どういうことなのかよくわからないけれど、というのは、2回目の冬に、彼氏じゃない男の夕食を作り、セックスをして午前3時に帰ることの、意味合いがよく掴めないのだけれど、彼女は彼女でとても幸せそうだし、本当に彼氏のことを、愛していると思う。僕にはわかる。こういうことは背徳を犯してこそわかる真実なんだと思う。
 
彼女は水商売をしている。だから午前3時の帰宅も全く不自然じゃない。昨日だって夕食中に彼氏に電話して「今から仕事なの。うん。うん。わかってる。あ、そういえば今度の連休ね……」なんて話をしていた。午後8時に今から仕事だっていっても不自然ではないのだ。むしろそれが自然で、彼女が今夜は休日なんて思ってもみないのだ。いや、少しばかりの猜疑心を抱くかもしれないが、遠距離恋愛で「少しばかりの猜疑心を抱くこと」は自然なことだと思う。しかし、猜疑心も何も、彼女が犯している行為は、現実であって、いわば、猜疑と現実。この狭間に僕が、存在する。
 
彼女はことあるごとに「いいの。あの人は自立しているから」と言うけれど、いや、それで彼女が犯している背徳を合理化しようとしていることはわかるけれど、それじゃあ僕がまるで自立してないみたいじゃないか。と言うと、「だって、その通りじゃない」と言う。実にその通り。僕は自立に程遠い場所に立っているんだ。上目遣いでいつも誰かに何かを求めている。ね、キミにだって夕食を作ってくれなんて頼んでないけれど、潜在的に、僕の無意識下で、そういうのことを求めていると思う。それは何気ない一言であったり、ちょっとした動作であったり。女性は往々にして敏感だから、そういうことをいちいち汲み取るんだ。僕はただ鈍感な振りをするだけ。いや、実際に僕は鈍感なのかもしれない。
 
僕は自覚しない鈍麻した神経を研ぎ澄まし、更に鈍感になり、遂には何も見えなくなり、感じなくなり、ただキミの言うことを人形のように無表情で無神経に、右に行ったり左に行ったり、時には手作りの夕食を食べたり、無感動なセックスをしたり。いや、僕はそれでも構わないんだけどね。やっつけだよ。もう、やっつけ人生是極めたり。だよ。

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