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■ 死に、心は追いつくか
死に、心が追いつくなんてことはあるんだろうか。 死はいつだって、どんなに心の準備をしていると思っていても「突然」やってくるような気がしてならない。 心は死に追いつけるものではなく、また追いつくものでも無いんじゃなかろうか。
それは道を歩いてて知らずに窪みにはまるのに似ている。 落とし穴に落ちるのでもいい。 地雷の埋まった土地を歩いて、踏んでしまうのでもいい。 だがそれらはその存在を確認している限り防ぎ得る事だ。 それが何処にあるか判る限り。 私達は死が「在る」事は判っている。 だが、それが「何処に在る」かという、正確な場所は判らないのだ。 (本当の死に間際に悟るのは別として) 判らないから防ぎようがない。と、いうより、 防ぐべきものではないから判らないのかもしれない。 何処にあるか判らないものには、心も追いつきようがない。 だが肉体は着実にそれに向かって不可逆的に進んでいるのだ。 肉体には死が何処にあるか判っているのかもしれない。そこに向かい続ける限り。 だが心は、死が何処にあるか未だ判らない。そこから逸れようとする限り。 どう頑張ったって、死に向かって心が進むなんて事は有り得ないように思う。 留まっている心なら、なおさらだ。
************ 最近なんだか臆病になってしまって、言葉が書けずにいます。 書いても詮無い事ばかり。今更自分の書いてきたものの無意味さを目の当たりにした感じです。 とか言いながらまたこんなの打ってるし。 久しぶりなのにうざったいテンションですみません。
2003年08月04日(月)
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