お盆休みを終え、今日から仕事が始まる人も多いだろう。
62年前の今日、焼け跡から日本の新しい暮らしが始まった。
戦後の歴史が示すように、日本は、勤勉な国民性を生かし目覚ましい経済発展を遂げてきた。
その資産の上で、今の生活があるのだ。
先月の俺の治療の保険点数は、約25万点。つまり、250万円掛った。もちろん、医療保険は3割負担だし、さらに高額医療の対象になる。だから、自己負担額は、約25分の1となる。
これも、社会に支えてもらっているから可能なのだ。安心して治療を受けることができる。
以前、柳沢厚労相の『産む機械』発言があったことを覚えているだろうか?
あの時は、大臣が意図した喩え話から言葉尻だけが独り歩きし、世間から猛烈なバッシングを受けたのだ。
もちろん、俺は喩え話だとしても、そういうことを言っていいとは思わない。だけど、大臣が話そうとしていた本来のことには、共感を覚えている。
戦時中、少年兵たちは、上官から『消耗品』と呼ばれた。母たちは、結果として、消耗品を産み育てることを、国策のために成し遂げのだった。国全体が一つの目標に向かい、国民すべてが歯車の一部として機能することを求められた時代だ。社会的効用が何よりも優先されたのだ。
対するに、今日の日本はどうか?
結婚、出産は個人のものとなった。生き方は自由。個人的効用が最優先される社会だ。
しかしながら、マルサス理論よろしく、人口構造の歪さが指摘されて久しい。
そんな中、大臣は、個人の環境を整えなければ国は滅びるという思いがあり、現状を憂いたのだと思う。
俺もそう思う。今のままでは滅びるよ。確実に。
だから、考えて欲しい。
もちろん、経済的な事情、健康上の理由などから子供が欲しくても無理な人も多いことは理解しているつもりだ。
だからなおさら、健康なカップルは、幸せな家庭を築く義務が、社会に対してあると思うのだ。
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