2001年08月02日(木) |
煙は絶え間なく立ち上って |
【煙は絶え間なく立ち上って】
ぎゃあぎゃあと喚くカラスの声が耳障りだ。何か食べ物にありつけるのを知って興奮しているのだ。
「骨もかけらを残さずに砕いてくれよ。みんな、無くしてしまわなけりゃならないんだ。」
窯の中から出てきた灰とまだ形の残ったものを熊手でかき集めこの火葬の仕事は初めてだという助手に声を掛けた。
「はい。あの、灰にしたものってどうするんです?みんな無くしてしまうって、最後は?」
灰が飛び散るために特別に長い柄のついた槌で、がつがつと燃え残りを砕きながら助手は言った。作業のために付けた口を覆う覆面がもごもごと動く。 そういやあのヒトはこの仕事のときも自前の覆面かな?いやアレの上に支給の覆面を付けるのかな?
窯から最後の燃え残りを掻き出して自分もそれを砕きながら答える。
「川に流すんだ。」 「何処のです?」
助手が何か小さな塊に苦戦しながら何気なさを装って聞いてきた。
「何処って、里に川はひとつしかないだろ?」
自分も作業に熱中しているふりで俯いたまま言った。 助手の手が止まった。
「…どうした?手が止まってるぞ。」
顔も上げないで注意してやる。自分も初めてこの仕事が回ってきたときはそんなふうにショックを受けた。
「何です?無くすって言うのは………?」
声が震えている。川の水は生活用水でもある。そうだ。此処まで帰ってこられた、此処で死ぬことのできた忍びたちは、里に、里の人々の中に還るんだよ。
「広く薄く散って、無くなってしまうんだよ。帰っていくんだよ。」
かつて聞いたように、感情を交えず、言い聞かせるように言い渡した。
「…ッ」
うげぇ、と嘔吐する音が聞こえた。何も出ないだろう。食事は抜いてくるように言われている。引き下ろした覆面に胃液が垂れていた。背中をさすってやった。そういえば自分は気持ち悪くはならなかったな、とふと思い出した。
「…イルカさんは、平気なんですか…」
俯いたまま助手が言った。次にここに彼が来るときは助手としてではなく、彼の助手を連れてくることだろう。 そうだ。自分も、あの人も、子供たちも。里に還る事が出来るのだろうか。 帰ってこられるといい。命が混じり合えればいい。
「オマエだって“平気だった”だろ。」
砕き終え灰を丁寧に集める。助手を促して川へ行く。神酒を撒き灰を手からさらさらと川に落としていく。親族から預かってきた花やら食べ物の供え物をその間に少し離れた祠に供えさせる。 興奮したカラスが一羽、助手が離れる前に舞い降りてきて羽にしたたか石を喰う。
「いい。ほっとけよ」
あれはきりが無いし、意味が無い。
「いいんですか。あっという間にみんなカラスの腹の中です。」
自分の傍まで来て彼がそう言う。
「いいんだよ。いつもそうだとさ」
だから奴ら待ってただろ、そう言うと不快そうに眉を顰めた。
(カラスの腹の中に帰っても、しょうがないじゃないか)
川を渡る風が頬を撫でる。 煙臭くない、夏草のむっとした匂いが甘く、甘く肺に染みる。二匹繋がったトンボが川面を掠めてついっと飛んでいった。
「この辺、人魂が出るって話でしたね」 「あぁ。子供たちが来たがって困るよ」
暫く押し黙り風に揺れる草を眺めた。 ばしゃりと音がして鷺が飛び立っていった。 鷺は西に飛んでいく。それを目で追う。 日は傾いて空は真っ赤だ。もうすぐ黒々とした山に隠れてしまうだろう。
夜は迫っている。自分たちは帰るとしよう。
うるさいカラスは帰りそびれるがいい。
[もうかなり前に書いたものです。この火葬場のことはこの話一つだけのことということで。汗のにじんだ肌に灰の付く様を思いついたので書きました。]
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